AREA2
 「ライズ」




「何とかならないんですか?! このままじゃ‥‥!!」
「無茶言わないでください! 幾らこのライズが馬力あるって言っても、こっちはでかいお荷物載せてるんですよ?! 振り切れっこない!!」
「し、しかしこのままでは‥‥‥うわっ!?」

 エドワードが衝撃にたまらず尻餅をつく。「ライズ」にまとわりついた計7台の小型ビーグルは、まるで射的でもしているかのようだった。至近距離のバズーカによる着弾は大型トランスポーター「ライズ」を揺らし、着実に動きを鈍らせてゆく。マグネティックシールドを展開しているためにレーザーは無力化、直接ダメージも半減されてはいるが、武装はシールド展開前の奇襲で既につぶされていた。ほとんど丸腰の状態で走り続けるライズのリアクターも、シールドにエネルギーを食われて悲鳴を上げつつある。攻撃手段がない限り、今のライズは単なる獲物でしかなかった。

「載せてるTAは出せないんですか? あれ、最新鋭機なんでしょ?!」

 若いクルーの一人が叫んだその一言に、フィリスはどきりとした。フィリスが何かいう前に、反対にいたクルーが叫び返す。フィリスはそれで、言うのをためらった。

「馬鹿野郎! モーションプログラムもしてないようなTAが出せるか!!」
「基本動作だけだって、あれなら何とかなりますよ!! 動かすなら、クルーの中にも出来る奴はいます!!」
「‥‥どうしますリーダー。このままじゃ捕縛されるのも、時間の問題ですよ」

 ライズのメインパイロット、リックが重い口調でつぶやいた。コパイロット達も意は同じらしく、忙しくコンソールを操りながらフィリスの方に視線を向ける。色白の額に、汗が吹き出てきた。リーダーとして,今彼女は決断を迫られていた。

「‥‥今、TAを動かせられる者は?」
「フィリス様!! いけません!」

 事情を知るエドワードがそう反対する。フィリスにとってもそれは避けたい手段だった。父親との接点が、もしかしたらこれで再び途切れてしまうかもしれない。しかしそれに価値を感じているのは、おそらくこの中で自分だけなのである。自分の我が儘をそこまでも通してよいと、彼女は父親に言われなかった。

「お父様との約束は守れなくなるけど‥‥。このままじゃ結局、捕まって終わりよ? それよりは、いいと思う‥‥‥」
「フィリス様‥‥」
「格納庫、聞こえるか!! 誰でもいい、そいつを動かせられる奴は乗れ!! 連中を蹴散らして見せろ!!」
『こちら格納庫!! さっきの被弾で、後部ハッチ開閉機構をやられました!! 現在消火中! TAが出せません!!』
「何だってぇ?!」
『聞こえるか?! 現在そちらに向かっている。そこのポーター、応答しろ!!』

 突然割り込んだその音声と同時に、ライズの右手を走っていたビーグルにレーザーが着弾した。左のエンジンが吹き飛び、バランスを崩して転倒し、視界から消えてゆく。代わりにライズの前方から一つの土煙が近づいてきた。中型のトランスポーターの荷台にしゃがみ込んだ左腕のないTA「ダイナモ」が、背中のキャノンで次の狙いを付けていた。

『状況は? 無事か?!』
「あ、ああ! だがシールドがもう限界だ!! 助けてくれ!!」
『了解した! 任せろ!! ミア、ここでいい。俺が降りたら転身、安全なところまで誘導しろ!!』

 キャノンを発射してから、フォレストの上でダイナモが立ち上がった。バックパックと両足のホバリング用ブースターが火を噴いて、8m弱のずんぐりしたダイナモが宙に舞う。そのまま空中で別の目標にターゲットをあわせた瞬間だった。

「わ、うわわ!?」

 空中でバランスを崩し、尻餅をつくように着地するダイナモ。左腕がないことをうっかり失念していたのだ。ミアの罵声が鼓膜を殴った。

「何やってんのよお兄ちゃん!! カッコ付けようとするから!!」
「お前こそ、プログラムのバランス調整してないだろ!! 左腕無いんだぞ今!!」
「次の街に着くまで動かさないって言ったの、お兄ちゃんでしょ?!」

 そうだった。

「いっつも無茶して壊してくるんだから! これで壊したら夕食抜きだからね!! ほらぼさっとしてないで! 後方敵機!!」

 あわてて起きあがりターンしたその真っ正面から、キャノンを乱射しながらビーグルがつっこんでくる。ホバリングで左にかわしつつ、すれ違いざまにキャノンを撃ち込みそのまま索敵に入る。爆発音が後ろからしたが気にしない。前方右32度の方向から迫ってきたもう一機のビーグルがあわてて転進するが、間に合わなかった。ホバーで急接近したダイナモのナックルショットをまともにエンジンルームに打ち込まれ、轟音と共に数10m先に吹っ飛んだあと、動かなくなる。ダイナモが振り返って索敵したときには、既に残りの4機のビーグルは攻撃可能範囲外に逃げていた。コクピットは狙わなかったため、アーリーが倒したビーグルの乗員も無事らしい。それにしても組織だった行動ではない。チンピラのたぐいだったことは、間違いなさそうだった。

「TAも持ってないような連中でよかったよ‥‥。まともなTAがいたら、マジでやばかったな‥‥」

 戦いの傷癒えぬダイナモの、そのあまりの操作性の悪さにぞっとしながら、彼はダイナモを転身させる。前方を自分が守ったトランスポーターが走っていた。前で誘導する「フォレスト」がずいぶん小さく見える。マグネティックシールドを搭載するようなトランスポーターがあることは知っていたが、実際見たのはこれが初めてだった。あこがれとも言える感情を覚えながら彼はため息をつき、自分達のフォレストに向かってアクセルをふかした。とりあえずミアとの約束は守れた。今晩の食事は、確保されたのである。

「あんな動き‥‥,よくダイナモでやるもんだな。誰だあいつ?」

 安堵感がこみ上げるライズのコックピットの中で、リックは戻ってくるダイナモにそう感嘆の声を上げた。やがてフォレストから停止信号が伝達されたため、リックはライズを、ゆっくりフォレストの隣に停車させた。フォレストから降りた一人の少女が、小走りにライズに近寄ってくる。リックはその少女に見覚えがあった。TGジャーナルという雑誌に載っていた、「GF−Eクラスの優勝チーム」の写真。表彰台で照れくさそうに微笑むパイロットの脇で、Vサインを出していた少女だった。

「あの子‥‥、『ヘンリー2』のクルーじゃないか! じゃあ、アーリー:ラグフォードってのは‥‥!!」

 その一言に、聞いていたフィリスとエドワードも目を丸くする。フィリスはあわててファイルから写真を1枚取り出した。あまり写りの良くない青年の肖像。その顔は、今ダイナモから降りてきたアーリーにとても‥‥本人だから当然だが‥‥よく似ていた。

AREA2 Final。



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