オリジナルSF小説 「トールドアーマートランディ」
第一話「トランディ起動」

 AREA1
 「荒野」

プロローグ

「この辺は、何も無いのね‥‥。」

 照りつける太陽と外の熱気を遮断した室内で、窓の外を流れる殺風景な景色をぼんやりと眺めながら、フィリスはそうつぶやいた。あまり上機嫌な口調とも言えないが、不機嫌というわけでもない。老年の執事、エドワードは少し遠慮がちに、状況を説明した。相手が答えを求めている訳ではないが、己の勤めは全うするのが理であると思っていた。

「このあたりは、かつて核を使った所でしてな。中和剤は散布して有ります故、放射能の影響は有りませんが‥‥。見ての通り、荒涼とした砂漠になってしまいました」
「核って、すごいのね‥‥。私、もっと緑が多い星だと思ってたけど‥‥」
「全く残念なことでございます。『彼ら』さえ現れなければ‥‥。迫りくる彼らはまさに、悪魔のようでございました」

 エドワードがそういって、少し昔を見つめるように目を細めた。そんな彼をちらりと横目でみながら、フィリスはふと、小さくつぶやいた。

「‥‥私たちは、その悪魔を利用してるのか‥‥。人って、怖い生き物ね‥‥」

 沈黙が、その室内を支配した。かつての戦争で,地表の60%を砂漠化してようやく勝利した人類は、自分たちが倒した「敵」に興味を持った。核にやられ、うずくまる全長12mの人型巨大兵器。「キラードール」と呼ばれたそれは、戦争終結後、人の手によってその存在の意味を変えた。雷神の鎧、「トールドアーマー」。人々はその鋼鉄の巨人に、かつて巨人と戦った神の名を冠したのだ。

(あんな巨人同士の殴り合いが、どうしてそんなに面白いのかしら‥‥。結局、壊しあうだけのつまらないゲームなのに‥‥)

 トールドアーマー(TA)を輸送するための大型トランスポーター「ライズ」が砂煙を巻き上げて疾走する。そのリビングでそうつぶやきながら、彼女は自分が会おうとする戦士に思いを巡らせた。軍属崩れのTF(トールドファイター)で、あちこちの町を転々とし、TG(トールドグラプリング)の賞金で生活している者だという。どうせ粗野で野蛮な男なのだ。そう思うと、フィリスはげんなりした。


AREA1「荒野」



 照りつける太陽の下、疾走する中型のトランスポーター「フォレスト」の内部は熱気が支配していた。

「なあミア、いい加減あきらめて新調するってのはどうだ? 優勝記念にさ」

 コクピットの床をあけ、中で玉の汗をかきながらごそごそやっているミアを覗き込みながら、アーリーがにこやかにそう提案した。瞬間、目の前に一枚の紙切れが差し出される。紙には幾つかの商品の金額が10項目以上並べられ、その合計が、何かの金額から引かれていた。残った金額は、わずかだった。

「こないだのグラプリングの賞金、意外に少なかったね〜。今度はもっと、金額の高い所に出ない?」

 こっちを向かずにしゃべるミアの声には幾分凄みが混じっている。それ以上の発言をするのは命に関わる気がしたので、彼は「はっはっは」と笑いながらコクピットを後にした。つい2週間ほど前、彼らはトーラの街で行われたトールドグラプリング(トールドアーマーによる格闘戦)に出場し、アマチュアながらも見事優勝すると言う快挙を成し遂げた。現地の雑誌ではヒーローとして扱われ、一躍有名人になった彼らだったが、しかし見た目の派手さとは裏腹に、彼らはとても苦悩していた。

 所詮はアマチュアなのである。たとえ優勝できるとしても資金力のなさは如何ともしがたく、彼らのトールドアーマー「ダイナモ」は優勝決定戦の折りに中破したまま、未だ左腕のない状態が続いていた。優勝賞金自体はそれなりに良いものだとはいえ、TA自身の出費がそれを補ってあまりある。現在向かっているガルトスの街は中古の安い街として有名だが、しかし腕一本直すともなればそれなりの金額は覚悟しなくてはならない。おまけに外装その他の修繕だって無いわけでは無いのだ。フロントデッキに向かう階段を上りながら、アーリーはまたため息をついた。

「この辺が、限界かもな‥‥。自由と引き替えの安定した生活‥‥。それがワークス‥‥」

 だがそれは所詮、企業出資の広告塔なのだ。暗い表情でうつむきながら、熱気の吹き流れるデッキに上ってみる。長いマニュピレーターを上手に動かして洗濯物を干している小型ロボット、ラディットの姿があった。3年前にジャンクとして売られていた物をミアが改修したものである。アーリーに気がつくと、上半身のみを回転させるロボットらしい行動で、彼の方から話しかけてきた。

「こんばんわアーリー、クーラーは直りましたか?」
「こんな所に来た奴に、そういう質問は愚問だよ。次の町でついでに仕入れるしかないが、しばらくはパンと水だけで暮らさなきゃならんかもな‥‥」
「金銭面には余裕は有るようですね。前は水だけと言ってました」
「よく覚えてるね、そういうことは」

 そう笑った瞬間、デッキの下で軽い破裂音がする。しばらくして焦げた臭いと共にデッキに上がってきたミアの顔は、すすだらけだった。

「‥‥シャワーでも浴びてこないか? かわいい顔が台無しだぞ?」
「お兄ちゃんそういう台詞、こんな場面で言うのやめてくれる? はー、もうやんなっちゃう‥‥」

 語感に余裕が無く、言葉はひときわ重かった。「ダイナモ」のメンテを事実上一人で行えるミアだったが、その分負担はのし掛かる。疲労の見える18歳の少女。そんな風にしてしまっているのは自分なのだ。

「‥‥悪い」
「ふふっ。別にいーよ。一応私も好きでやってるところあるしさ。ワークスなんか行けば、私なんか絶対マシンに触らしてもらえないもんね。」
「そんなことは有りませんよ。私が前にいたワークスでは、私ですら直せなかったんですよ? ミアのような腕前のエンジニアなら、どこだってほしがるはずです。現に‥‥」
「いいのよ。黙りなさいラディット」

 そういってラディットを制止する。ミア自身、何度かワークスのエンジニアにと誘いを受けたことがあったが、すべて断ってきた。理由はただ、アーリーがいたからである。アーリーにはそれがうれしくもあり、辛くもあった。自分の臆病さ故にミアの犠牲を強いている。だが彼は,記憶に潜む光景に逆らうことができなかった。

(役割が果たせなければ、結局見捨てられる‥‥。あの時のように‥‥)

 アーリーはその頃、戦車の砲手として戦場にいた。巨人の悪魔達との戦争は激化し、悪化した戦況は人類の情を踏みにじった。彼の部隊は戦場で見捨てられたのだ。多くの仲間を失いながらも彼は帰還し、しかし政府は戦友達が打ち捨てられたその戦場に、12発の核弾頭を打ち込んだ。命がけで戦ったその全てが無意味になる一瞬を、彼だけが生き延びて、見てしまった。その光景は一つの答えを持っていた。

 駒でしか無いのだ。どんなに死力を尽くそうとも。

(だが俺は今、何のために生きている‥‥? ミアに辛い思いをさせてまで‥‥)

 いつもの疑問が、再びアーリーの心を支配し始めた。

 その沈黙は突然、遠くから聞こえる爆発音で破られた。ミアが指さす方向に、不自然な砂煙が立ち上っている。音はその方角から聞こえてきていた。

「お兄ちゃんあれ! おかしいよ!?」

 アーリーも目を凝らす。おそらく1キロほど向こうを何かが走っていた。大型のトランスポーターらしいが、遠目からではよく分からない。が、その土煙の中に突然閃光がきらめくのが見えた。戦場で知ったその光の使われ方は一つしかない。理解するのに時間は必要なかった。

「まさかキラードールか?! 襲われてるんだ!!」

 だか、この辺にキラードールが現れるような話は聞いたことがない。閃光が2、3また見えた。敵は複数、しかも武装は小型のレーザーライフルらしかった。

「となると盗賊か、そのたぐいだな‥‥。ミア、フォレストを向けろ。ラディット、ダイナモのライディング準備! キャノン持って出るぞ!!」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、ダイナモはまだ‥‥!!」
「盗賊ごときに壊しはしないよ。心配ない!!」

 言うが早いか、アーリーは後部格納台に向かって走り出していた。そういう事じゃなくて。そんな一言を言う前に、ミアの兄はいつも飛び出してしまっていた。

AREA1 Final。



NEXT AREA 「ライズ」 掲載予定日11/1

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