第11巻第2号              1997/11/1
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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(PDC00137, kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)



【これは絶対面白い】

ヘレン・バナマン

『チビクロさんぽ』

(森まりも訳絵)北大路書房\1200


 ガオー。ちくしょう、悔しいぜ。えっ、おまえは誰だって?オレはトラだ。名前?特にない。「赤い上着のトラさん」と読んでくれ、ガオーッ。

 さて、今度オレが出てくる絵本ができたので紹介させてくれ。オレが主人公みたいなもんなんだが、主人公はちっぽけな犬ということになっている。ちくしょうめ。そいつの名前が「チビクロ」で、そいつが新しい服を着てジャングルに散歩に行ったときの話だからってわけで、『チビクロさんぽ』というタイトルなんだそうだ。

 そいつがのこのことジャングルにやってきたんで、オレが出ていって「食べちゃうぞ」と脅かしてやったんだ。そしたら、新しい赤い上着をあげるから食べないでくれって言いやがるから、ま、「今度だけは食べないでおいてやろう」って、服をもらってちょっとお洒落な気分になってみたわけだ。

 ところが、オレと同じことをした仲間がいて、青いズボンをはいたり、耳に靴をつけたり、尻尾で傘を差したりして威張ってやがる。つい腹が立って、ケンカになっちまった。せっかくの服が汚れねえように服を脱いでからとっくみあいをしたんだが、そしたら、オレたちがケンカをしている隙にあいつは服や傘をぜんぶ取り返していきやがった。

 その後のことは何がなんだかちっともわからねえ。前にいるトラを食っちまおうと思って、ドンドン追いかけて木の周りをグルグル回っていたら、だんだん身体が溶けてきてしまった。それから先はまったく覚えてないんだが、チキショー、悔しいことに、オレたちが溶けてできたバターであいつはホットケーキを焼いて食べたんだそうだ。

 えっ、「その話はどこかで聞いたことがある」って?そう、ずっと昔にも、同じことがあったんだよ。その時は、身ぐるみはいでやったのは確か人間の子どもだった。その時の話も絵本になってたんだが、「黒人差別だ」と騒がれて絶版になったんだとか。オレは何も悪くねえのにな。それで、また、同じことをやれって言うんで、オレの再登場ということになったのさ。こんな悔しい役柄は2度とやりたくねえんだが、あいつ以外はまったく同じようにやれってことでまたあの悔しい役をやらされちまった。

 このオレたちをバカにした話、もともとはスコットランド人のヘレン=バナマンという人がインドの子どもを主人公にして作ったんだそうだが、それがアメリカでは違う絵本に作り替えられて、主人公が黒人の子どもに替わっちゃったんだ。しかも、主人公の名前がそうした黒人たちへの蔑称だったとかで、いっそう黒人差別的だと言われるようになったわけだ。日本でも一番人気のあった岩波書店版は、このアメリカ版の偽物の翻訳でね。この岩波版の他にもいろいろな版が出されたけれど、黒人差別騒ぎで絶版になるまで、肝心の本当の原作の翻訳版は一度も出版されなかったんだと。だから、この絵本は黒人差別の問題の他にも、原作通りでないという批判もされていたんだそうだ。

 今度のオレが再登場する話は、原作者が作った絵本とできるだけ同じになるよう工夫されていてな、左ページに文章、右ページに絵という基本的なレイアウトもそのままなんだ。1枚1枚の絵の構図もほとんど同じで、オレさまのポーズも同じだわな。原作では、オレに脅された主人公がどうやってピンチを逃れるのかが、次のページをめくらないとわからないようになっていたんだが、岩波版などではそうなってなかった。それが今度の絵本では、このオレさまの登場場面も原作通りでスリルがたっぷり味わえるぜ。

 というわけで、「差別の問題」と「原作と違っているという問題」とがうまく解決できたんだそうだ。主人公は、犬のやつがやることになったが、原作の版権継承者からその許可ももらっているんだと。

 そうそう、犬が主人公の今度の話でも、前の話と同じくらい面白いということが、心理学実験によって確認されてもいるんだぜ。もっともそりゃそうさ。この話の面白さはなんといってもオレたちの「活躍」のおかげだもんな。

 

【特別付録】『チビクロさんぽ』紹介チビクロ版
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