第10巻第2号              1996/11/1

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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(PDC00137, kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)



 このDOHC月報では原則として同じ本は2度取り上げませんが、この本だけは例外で、教育学部キャンパスで過ごす3年間の間に1回は紹介できるよう、少なくとも3年に一度は取り上げようと決めている本です。91年6月に紹介した後、3年半後の95年2月にもう一度紹介し、今回が3度目です。まだ、1年9カ月しか経っていませんが、少し早めに3度目の紹介をすることにしたのは、同じドーキンスの『遺伝子の川』(草思社1,800円)という新刊が昨年11月に出て、そっちを買って読む学生が多いことに気づいたからです。
 同じ著者によるものですし、『遺伝子の川』もいい本ですが、『利己的な遺伝子』に比べると雲泥の差があります。それでも、『遺伝子の川』の方が新しいし装丁もきれいだし小ぶりで読みやすそうだし定価も千円も安いしと多くの人は考えてしまうのでしょう。
 しかし、その選択は間違いです。「古くて」「装丁も野暮ったくて」「厚くて読みにくそうで」「2800円もする」けれど、『利己的な遺伝子』の方を選ぶべきです。類書があるとき、「新しい方を選ぶ」というのは一般的には正しい選択法です。しかし、過去に書いたものがあまりに優れているときには、それを越えられないこともままあるものなのです。
 「装丁が野暮ったい」のはどうしようもありませんが、読みやすいのは間違いなく『利己的な遺伝子』の方です。それでも「厚くて読み通す自信がない」と言う人には、まず第1章から第4章までだけ(pp.15-108)を読むことを薦めます。ここに書かれていることが、この本の中核となる「利己的遺伝子理論」です。理論というと難しいようですが、見事な例を使ってやさしく書くために、ドーキンス氏は4章分も使ったのです。ここを読めば誰でもこの理論の核心がわかります。
 第5章から第10章までは、この理論を種々の状況にあてはめた場合の具体論です。それぞれが読み切りの別の本と考えてもいいもので、差し当たってはどれか一つを読めば充分です。オススメは第9章「雄と雌の争い」です。にわかに信じがたいと思われた「利己的遺伝子理論」がここでの具体論を読んでいくと、なるほどと思わざるをえなくなります。ドーキンス氏は、それも6章分も使って、これでもかこれでもかと説明してくれます。
 第11章は、1976年版では最終章だったもので、生物学的な遺伝子の概念を文化的な遺伝子にまで拡張した有名な「ミーム理論」が出てきます。「人間だけは遺伝子の支配から逃れられるのではないか」と希望を持たせて本が終わるようになっています。
 第12章と第13章は、1989年版で追加されたもので、第12章は第5章から第10章と同様の読み切りの独立した章です。第13章は同じ著者の『延長された表現型』という本の簡略版です。この部分も差し当たっては読む必要がありません。(1976年版ではもともとなかったところですから。)
 この本を分厚くしている原因に、百ページ近くにもおよぶ補注があります。これは、1976年版が世界中(なぜか日本を除く)で大論争を引き起こし、おびただしい反論が著者に浴びせられたため、それに詳細な反論をしたからです。おそらく読者が抱くであろうありとあらゆる反論がここにあります。そして、それに対してドーキンス氏は見事な回答をしているのです。この部分には論争を読むという面白さもあります。この部分は、本文すべてを読み終わってからの「お楽しみ」に取っておきましょう。
 というわけで、確かに『利己的な遺伝子』の方が2800円と千円も高いのですが、1冊で少なくとも5冊分の内容が詰め込まれているのです。そして本当に読むべき部分はわずか100ページ程度にすぎません。そうすると「わずか100ページの本で2800円。それは高いよ」と言う人がいるかも知れないので、もう一押ししておくことにしましょう。私は、DOHC月報第4巻9号(1991/6)で「学生時代にこの本1冊を読むか、それともこの本以外の400冊を読むかのどちらかを選ぶとしたら、この本1冊を読む方を選ぶべきだ」と書きました。つまり、この本は1冊で400冊以上の価値があるのです。

【これは絶対面白い】

R・ドーキンス『利己的な遺伝子』

紀伊國屋書店(¥2800)


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