第18巻第9号              2005/6/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

 
(c)NHKブックス


【これは絶対面白い】

S.ピンカー
『人間の本性を考える:心は「空白の石版」か』

山下篤子訳
NHKブックス(\3,612上中下3冊合計)


 心理学の教科書には必ず登場する有名な言葉に「タブラ・ラサ」というものがある。これは「空白の石版」を意味するラテン語である。大本をたどれば、イギリス経験論哲学者ジョン・ロック(John Locke,1632-1704)が使ったとされ、「人は生まれたときには『空白の石版』であって、生後の経験を通してその石版に経験が書き込まれていくのだ」という人間観の象徴とされてきた。この本は、『言語を生み出す本能』(NHKブックス)以来、すっかり啓蒙書でもベストセラーの常連となったハーバード大学教授スティーヴン・ピンカーの最新翻訳書である。原題は「タブラ・ラサ」をそのまま英語で表した『The Blank Slate』で、もちろんピンカーは「空白の石版」説を否定している。

 この本を読んだのは、実は昨年暮れであった。本来なら、今年の年頭を飾る本として紹介するところだったのだが、先月ロサンジェルスで開催されたアメリカ心理学会(APS: American Psychological Society)第17回大会のメインの招待講演者がピンカーであることを知っていたので、ピンカーの講演を聴いてから紹介しようと考えて半年後の紹介とした。APSの大会では、初日の夕方に会長の挨拶とその年の学会賞授賞式があり、ピンカーの招待講演はその授賞式に引き続いて行われる大会の最も重要なイベントであった。この授賞式およびピンカーの講演会は、大会参加者ほぼ全員が集まった大会場で行われた。時間前には会場はほぼ満席となり、時間前にはピンカーも会場に現れ、ステージの前で会長やその他の旧知の人々と次々に再会の挨拶を交わしていた。(ちなみに、日本の学会でもこの方式は取れないものだろうか?日本の心理系の学会の会員総会は関係者と学会事務局だけの閑散とした会になっている。つまらないので誰もでないからである。学会賞の授賞式もあるが、受賞者も寂しい会場では感激も味わえない。アメリカのようにメインの講演と一緒にやるようにすれば、総会も授賞式ももっと盛り上がると思うのだが・・・)

 ところで、心理学の教科書に「タブラ・ラサ」が必ず登場するのは、心理学の根底に経験主義的な考え方があるからである。心理学における経験主義は行動主義心理学の創始者であるワトソン(J.B.Watson,1878-1958)の「どんな赤ちゃんも私が環境を自由に操作できるならばどんな大人にもできる」という有名な宣言で頂点に達する。そして、ワトソンほどに極端な立場を取らないまでも、ほとんどの心理学者は「経験によって人が作られる」という考えを暗黙の前提としている。そうした意味で、経験よりも遺伝を重視するピンカーがAPSのメインの講演者として招待されたことは心理学の流れが大きく変わったことを意味する。今年の学会賞の受賞者の一人が行動遺伝学のプロミン(Robert Plomin)だったことも、時代の確実に変わったことを感じさせるものであった。

 さて当日、私は講演後にサインをもらおうと思って、『The Blank Slate』を手に前から3列目くらいの好位置を確保していた。ふと、隣を見ると隣の人も同じ本を持っているのに気づいた。しかも、その人は講演会が始まる前のちょっとした隙をついて、なんと最前列で会長などと談笑しているピンカーにサインをもらいに行ったのである。「あちゃー、先を越された。」そこで私も負けじと、すぐにピンカーのところに行ってサインをもらってきた。その直後に機器の設定などが終わり、会のスタートとなった。間一髪だった。

 ピンカーの声は良く通り、発音もクリヤーで、良く準備されたパワーポイントもあり、大変わかりやすい講演だった。というのも、本とほとんど同じ内容だったから。実は、このAPSでの講演とほぼ同じ内容の講演のビデオストリームがマサチューセッツ工科大学のe-learning用webページ(http://mitworld.mit.edu/video/23/)で見られるのだ。ロサンジェルスまで行かなくても、ピンカーの講演がいつでも何度でも見られるのである。でも、やっぱり生で聞かないとサインはもらえないんだもんね。

 (守 一雄)


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