毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]
(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)
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ヒトとチンパンジーとでは遺伝子には2%程度しか違いがない。それなのに、どうしてヒトとチンパンジーとはこんなにも違ってしまったのか?言葉を話し、科学を発展させ、その棲息地である地球環境を破壊するまでになってしまった私たち人間をここまで「進化」させてきた理由は何なのだろう?
この本によれば、それは「幼児化」なのだという。私たちヒトの祖先はチンパンジーなどとの共通の祖先から別れ、ひたすらに「幼児化」する方向に進化してきたのだ。ヒトの最も顕著な特徴とされる飛び抜けた知性も、この「幼児化」の単なる結果にすぎない。私たちヒトの特徴を最も正しく言い表すとすれば、「裸 のサル」でも「言葉を話すサル」でも「賢いサル」でもなく、「幼児化されたサル」なのである。
10年以上も前にモンターギュ『ネオテニー』(どうぶつ社)という今回の本によく似た内容の本を紹介した(『DOHC月報』第3巻4号: 1990.2.1)。「ネオテニー」とは「幼形成熟(子どもの頃の性質を残したまま大人になること)」を意味する学術用語である。人間の特徴である好奇心の強さや体毛の少なさ、扁平な顔つき、などはまさに「子どもの特徴」なのである。モンターギュはそこで、ヒトは「サルが幼児化したものである」という今回の本と同じ主張をしていた。しかし、モンターギュは「なぜ幼児化したのか」という疑問には答えていなかった。
今回紹介するブロムホールの仮説は、「集団化することが必要であったため」というものである。日本語でも「子<ども>」というように、群れを作ることが子どもの特徴である。というよりも、大人はすぐにケンカをしてしまい大きな集団を作ることができないのだ。チンパンジーもゴリラも小さな集団しか作ることができない。ある程度以上グループの成員が多くなると、互いに攻撃しあってケンカ別れしてしまうのである。ニホンザルはもっと大きな群れを作る。しかし、それでもヒトの群れの大きさにはかなわない。
では、なぜ集団化する必要があったのか?ブロムホールは本書の第2章で架空のテレビ企画を紹介する。「東アフリカの自然動物保護区の中に5人から40人のグループが素手で入り、40日間生き続けることができたら1000万ドルの賞金が出る」というものだ。これは人類の祖先が生きていた頃のシミュレーションである。どんな作戦をとるグループならば、この環境で生き延びることができるだろうか?その答えは、「大きな集団で団結して生きる」というものだった。この方法以外では、ライオンなどの捕食者たちに対抗して生き抜くことはできないのだ。
大集団を作るためには仲間内での争いが起こらないよう「幼児化」する必要がある。幼児化は、メスが「争いを好まない、より幼児化されたオス」を選ぶという性選択によって進行し、ヒトはついに「毛もろくに生えそろわない赤ん坊のまま大人になる」まで幼児化してしまったのである。幼児化は相対的に大きな脳を持つことにもつながり、10万年ほど昔のある時期にその大きな脳に「意識」が出現し、結果的に知能が爆発的に高まっていった、というのが本書でブロムホールが展開するヒト進化論仮説なのだ。
幼児化したことの影響はいろいろなところに現れてくる。好奇心や遊び心が旺盛なことだけでなく、ロリコンも同性愛も一夫一婦制も宗教もマゾヒズムもぜ〜んぶ「幼児化」で説明できちゃうのである。ヒトのオスはふくよかな胸のメスを好む。本書の「序文」を書いているD.モリスは『裸のサル』という本の中で、「ヒトのオッパイはお尻の代わりであり、オスはお尻のイミテーションに惹かれるのだ」という有名な説を唱えたが、それよりも、「ヒトのオスはいつまでも赤ちゃんなのでお母さんのオッパイが好きなのさ」というブロムホールの説の方が正しいような気がするなあ。
(守 一雄)