第3巻第5号                    1990/2/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY


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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(PDC00137, dmori@c1shin.cs.shinshu-u.ac.jp)



 「身も心も、七つの頃初等学校へ通った道すがらを覚えているか?きっと歩いて十五分もかからなかっただろうに、今の時間が三日ぶんはつまっていた。(中略)学校へ行けば行ったで、たった五分の休み時間に遊んでも、今思えば、たっぷり一日ぶんの時は過ぎていた。(中略)かように子供の時間というのは違う。パリ時間、モスクワ時間、日本時間とあるように、子供時間というのがありそうだ。」(野田秀樹『当り屋ケンちゃん』新潮文庫)
 子育てをしていると、子供が新しいことをすぐに覚えること、好奇心の塊であること、一つのことに「熱中」できること、に改めて感心させられます。しかも、子供は時間の経つのが遅いのですから、鬼に金棒です。それに比べて、大人はものおぼえは悪いし、好奇心は衰えるし、物事に熱中できないし、その一方で、時間はすぐ経つし....子供になれたらどんなに素晴らしいことでしょう。昔、赤ん坊が一番頭が良くて、大人になるほどバカになっていくSFマンガがありましたが(作者も題名も忘れた。「エッ、赤塚不二夫の『天才バカボン』?違いますヨ。」)、「発達すること即ち老いて行くこと」と看破した下中弥三郎の「子供至上論」(1904)など、子供の方が大人より優れていることは、古くから指摘されてきていました。この「子供至上論」を科学的に論じているのが、今月紹介する『ネオテニー:新しい人間進化論』です。

【これは絶対面白い】  

A.モンターギュ『ネオテニー:新しい人間進化論』

(どうぶつ社、\2,200)


  「ネオテニー」とは、生物の幼形に見られる特徴が成体にまで保持されるという個体発生上の現象のことを言う。この本の主張は、「人間は、ネオテニーが最も著しい生物である」ということである。例えば、人間の大人が持つ好奇心は、本来子供の特徴であった好奇心が大人になってもわずかに残っているからである。つまり、知能の高さや好奇心の旺盛さ、創造性・可塑性に優れることをはじめ、体毛が少ないことや、偏平な顔つきなど、生物としてのヒトに特徴的なことは、すべて子供の特徴でもあるのだ。
 著者のモンターギュ博士は人類学者で、人間にいかに多くのネオテニーが見られるかが、上述以外にも豊富な資料により、詳説されている。遺伝子の比較ではほとんど差のない、人間とチンパンジーに大きな違いができてしまうのも、「チンパンジーの方が早く成体になってしまうからだ」という部分では思わずうなってしまった。(チンパンジーに成長遅延ホルモンを与えたら、ヒトにならないだろうか?少なくとも、チンパンジーの成長を司る遺伝子に突然変異が起こればヒトに近いものができるだろう。)
  B6版335頁の見かけは小振りな本であるが、中身が濃く、読み通すにはかなり時間がかかる。それでも、訳文は丁寧で分かりやすく、何より「本当に面白い」。
 いつまでも子供でいることが、ヒトであることの証明なのだとしたら、私はもうチンパンジーになりかけている。ここで踏みとどまらないと、明日は地獄谷のサル、来年はマーモセット、スローロリス、いやツパイだァ。 (守 一雄)
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html化1996.5.18