『人民日報』が世論作りを先導
胡錦涛が提起した「新型中日関係」の構築
       凌星光 福井県立大学名誉教授・日中関係研究所所長

胡主席が提起した「友好、協力、相互利益、ウィン・ウィン」
 胡錦涛中国国家主席は、5月8日、日中友好議員連盟の高村正彦会長一行に、次のように語った。
「新しい情勢を前にして、日中善隣友好協力関係を、より一層発展させることは、とても重要な意義がある。中日両国の指導者は、両国関係発展の大きな方向を、しっかりと把握し、中日両国政府間の3つの文書が定めた原則の精神を遵守し、『歴史を鑑とし、未来に向かう』を堅持し、歴史問題と台湾問題を善処し、両国人民の感情を害するようなことはせず、『友好、協力、相互利益、ウィン・ウィン』の新型中日関係を構築するため、努力していこう」
「新型中日関係」を定義する3句は、今までもよく使われていた言葉だが、日中関係全般について「ウィン・ウィン」を言ったのは初めてであろう。それにはどのような含意があるのか、大いに吟味する必要がある。
 胡錦涛の今回の言葉は、中国側が日中関係をより高い次元に持って行こうとしていることの意思表示であり、日中友好議員連盟の今後の努力への期待が込められている。中国国内において、それは徐々に浸透しつつあるように思える。
「新型中日関係」で国内世論を誘導しようとする『人民日報』
 というのは、ちょうど1ヶ月経った6月9日、毎週金曜日に出る『人民日報』の国際週刊版(第7面)が、「ネットの友」に、「中日関係の観点」を募集するメッセージを出した。それには「より多くの中日関係に関する理性的思考を引き出すため」と書かれており、中国の世論を誘導しようという思惑がうかがえる。また、その中の優れた重要な観点は『人民日報』の「国際週刊版」に掲載するとしている。さらに注目すべきことは、このメッセージの中で、次の5つの問題を提起していることである。
 1、新世紀の国際戦略局面において、中日関係をどう位置付けるか?日本は中国にとってどれだけ重要か?中国は日本にとってどれだけ重要か?中日両国には共通の利益があるかどうか?
 2、歴史問題で、中日両国はこの重荷を下ろすことのできる道があるかどうか?ドイツとフランスのように、真に和解を実現することができるかどうか?
 3、日本が「普通の国家」になることをどう見るべきか?日本国内の、平和憲法の象徴である第9条を改正せよという声をどう見るべきか?
 4、近年来、中日両国民相互のマイナスイメージが増進しているが、これは中日関係にどのような影響を及ぼすか?中日両国のマスメディアは、この問題でそそのかす役割をはたしたであろうか?双方のマスメディアはどちらの側にも、相手の国を客観的かつ全面的に報道することができなかったという問題があったであろうか?
 5、あなたは中日関係の改善について、どのような具体的提案があるか?
『人民日報』の5つの問題提起に表れた対日メッセージとは
 以上の5点から、「新中日関係構築論」は、「対日関係新思考」の延長線上にあることが、容易に分かる。
 というのは、以上の5点に、主催者側の意向が、次の6つに集約され、暗示されていることがうかがえるからである。
@中日関係は、双方にとって、戦略的に重要である。A中日間に仏独のような関係をつくる必要がある。B智慧を出し合って、歴史問題を解決しよう。C中日両国関係の感情的側面を抑え、お互いに理性的対応のできる環境をつくっていこう。D平和憲法改正や自衛隊の海外派兵を軍国主義に結びつけないで、より客観的かつ全面的に分析しよう。Eマスコミの重要な役割を認識し、お互いに報道を改善していこう。
 中国のこのようなメッセージに対して、当然、日本は前向きに対応すべきである。
 幸いにも、日中コミュニケーション研究会(代表=高井潔司・北海道大学教授)は、昨年の成果が評価され、今年も政府から事業資金を受けることになったとのことである。
 日中双方から、関係改善の世論作りが始動しつつあり、その将来が期待される。
日本の「右傾化」を懸念する中国 中国への対抗意識が根強い日本
 しかし、短期間での効果を期待するのは現実的ではない。
 というのは、中国のかなりのインテリ層と一般の大衆は、日本の「右傾化」に対する懸念が強く、日中関係改善の重要さをあまり認識していない。したがって、当局およびブレーンの意図を貫徹するには、かなりの時間がかかる。
 さらに、日本の政治家や中央官僚には、中国への強い対抗意識があり、日中関係を真に改善しようとする意欲は余り強くない。日本の為政者や有識者が、日中間の戦略的提携の必要性を認識するに至るまでには、なお時間がかかる。
 両国の日中関係改善を望む有識者は、たゆみない努力を、辛抱強くする覚悟がなくてはならない。ましてや、中国当局は日本との関係改善を切実に望んでいるが、靖国神社公式参拝を問題にしないで、両国首脳の相互訪問が実現できるだろうと思ってはならない。
 中国は最近EUと「全面的な戦略的パートナーシップ」を確立した。そのほか、ロシア、ASEAN、インド、発展途上国との戦略的関係を強化し、中国を「潜在敵国視」するアメリカの単独行動主義勢力に対する封じ込め戦略を、展開している。
 こうした中で、日本は、アメリカ単独行動主義の側に立つか、それとも、アメリカの良識派を含む、国連を重視する真の国際社会の側に立つか、が問われている。後者に立てば、当然日中間の戦略提携の方向に向けて、進むことになる。
道理は分かっていても大声で主張できないのが日本の現実
 日本の政治大国化には必然性があり、やがては国連の常任理事国になると、中国でも見られている。最近、温家宝首相がドイツを訪問した際、ドイツの常任理事国入りを支持する姿勢を示したと言われる。日本にも当然そういう対応をすべきであろう。
 しかし、中国当局は今のところ、日本については態度を保留している。靖国神社公式参拝を含む歴史問題が解決されない限り、日本の常任理事国入りを支持することはないであろう。中国の世論が許さないからである。
 韓国では、靖国神社参拝への憤りは下火となり、日本国民への哀れみが増大していると言われる。こんな首相、政治家しかもてない日本国民は、本当にかわいそうというわけである。
 中国には、このような哀れみの情は起きていない。例え起きたとしても、それが常任理事国入り支持になるとは考えられない。
日本の政治家は、どうしてこの道理が分からないのか、と多くのアジアインテリ層は呆れている。ただし、日本の多くのインテリはこの道理が分かっている。ただ、大きな声で主張できないのが、日本の現実なのだ。日中関係の改善には時間がかかる所以である。
(「日本と中国」2004年7月15日号より)

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