靖国問題−A級戦犯分祀で歴史の刺抜け
        朱建栄東洋学園大学教授(国際政治学)
                (朝日新聞7/5「私の視点」より)


 小泉純一郎首相が推進している経済の構造改革に声援を送りたい。アジア各国の発展および地域経済圏の形成も日本経済の復興にかかっているからだ。ただ、首相が重ねて表明した終戦記念日での靖国神社参拝に関しては、日本の国益のためにも中止していただきたい。
 靖国神社は戦時中、軍国主義の精神的支柱をなしていた。戦後、政教分離の原則が確立された。極東軍事裁判でA級戦犯とされた14人の位牌が1978年、極秘に靖国神社に合祀され(翌年に公表)、その後、問題が国際化し、中曾根康弘元首相が85年に公式参拝を行ったことで中韓などアジア諸国から強い批判をうけた。それ以後、橋本龍太郎元首相が自分の誕生日の日を選んで行った以外、8月15日の公式参拝は行われていない。
 小泉首相は、参拝にこだわった理由として「戦死者への敬意」等を挙げている。実は毛沢東主席以来、中国の指導者は一貫して、日中両国民とも同じように戦争の犠牲者であると表明している。貴重な命をなくした民間人ないし一般軍人の犠牲者を日本政府の指導者が追悼することに反対しているのではない。
 新中国成立後、中国戦場で罪を犯した1000人以上の日本人戦犯が早期釈放され、周恩来元首相は、ヨーロッパの国がかつて行った民族復讐主義をしないと明言した。そこで中国政府は、中国に侵略し、多大な人命と物的損害をもたらしたあの戦争の責任はごく少数の軍国主義者だけが負うべきだとして自国民を説得し続けた。その結果、日中戦争当時の関東軍参謀長でもあった東条英機元首相が中国で「最も知られる日本人」の3位に入る一方、日本民族とは「世々代々の友好」をするよう国民教育が長年行われてきた。
 したがって、東条元首相ら対中侵略の首謀者たちに小泉首相が慰霊し「敬意を表する」と映ることは、中国人の感情を深く傷つけるだけでなく、現在の日本政府をごく少数の軍国主義者から区別して友好を求める、という北京指導部の国民説得論理も崩れることになる。
 靖国神社に展示されている戦争美化の遺品や政教分離などの諸問題の処理は、日本国民自身の英知に任せよう。しかし国政の責任者は公式参拝による外交への悪影響を考慮しなければならない。かつて登小平、胡耀邦ら中国指導者は14人のA級戦犯の位牌を別のところに移せば靖国を問題としない意思を表明した。自分の理解ではそれはB、C級以下の戦犯を問題としないことで外交決着を図る発想である。日本の一部の政治家も分祀の可能性を探ってきた。小泉首相はその強い決断力をもって分祀問題を解決すれば、近隣諸国との関係における主な刺の一つを抜くことになろう。
 金大中大統領が3年前から歴史の超越を試みる対日理想主義外交を進めたが、最近の歴史教科書問題によって、韓国は中国よりはるかに強い反発を日本にぶつけている。1年半前から対日融和政策に軌道修正した中国も、歴史教科書、李登輝訪日などの問題で抑制的な姿勢をとったが、「靖国問題」は容認限度を越えるだろう。6月2日付「人民日報」のホームページに、民間人から「日本の首相が公式参拝すれば、A級戦犯のひざまずく像を南京大虐殺記念館の前に置こう」との緊急提案が出されている。歴史問題をめぐる外向的紛糾は日本の国際的影響力を低下させ、同時に、経済の構造改革への全力投球をも阻害するので、小泉首相の靖国参拝見直しを真摯に申し入れる。


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