靖国神社問題とは?

    日中友好協会 全国青年委員会委員長 寺沢秀文

 小泉首相の靖国参拝問題について、青年委員会メンバーや若い友人等から「どうして、靖国神社参拝が問題になるの?」、「どうして中国、韓国などのアジア諸国がこんなに反対するの?」という質問がありました。
 この問題については私以上に詳しい方、既に学ばれた方も多いかととは思いますが、一つのたたき台として、私なりになるべくわかり易く簡単に解説をしてみましたので、参考として頂ければ幸いと思います。ただ、あくまで当方の私見ですので、御異論等もあると思いますし、また、当方も不勉強ではありますので、間違い等ありましたら、ご遠慮なく御指摘下さい。

1.靖国神社とは?

 「靖国神社」というと、戦没者を祀った特別な国家的神社かのような感覚で見られることが多いのですが、戦前はともかくも、戦後の現在は靖国神社は国家の公的な施設などではなく、基本的にはあくまで一つの神社、一つの宗教法人に過ぎません。ただ、戦前においては靖国神社は天皇崇拝、軍国主義礼讃の象徴としての位置づけが余りにも大きく、そしてそれを現在まで遺族会等を中心として精神的に受け継いでいると言えます。
 この靖国神社は明治2年に明治天皇の命により、明治維新前後、国のために戦って倒れた人等を祀るために創られました。当初は「東京招魂社」と呼ばれていましたが、明治12年に現在の靖国神社に改称されました。以後、主には外国との戦争において国を守るために亡くなった人達を祀る神社として位置づけられ、先の第2次大戦までの約250万人近い人達がここに祀られており、長い間、そして今も「靖国神社に祀られることが大きな栄誉」と受け止められてきました。

2.なぜ、靖国神社が問題視されるのか?

 靖国神社が問題視される一つには、戦前、この靖国神社が、天皇のために戦うこと、そして戦死した時には靖国神社に英霊として祀られることが何よりの栄誉と徹底的に教え込まれ、沢山の人達が亡くなっていったからです。靖国神社は、戦前において、この天皇崇拝を基礎とした軍国主義のシンボル的な存在であったと言えるからです。
 そして、近隣諸国等が特に問題視するのは、一般戦没者と共にここにA級戦犯が一緒に祀られている(合祀)ことからです。A級戦犯というのは、第2次大戦における戦争責任を追及した「極東国際軍事裁判」、いわゆる「東京裁判」と呼ばれる裁判によって、最も戦争責任が重いとされた14人の日本人戦犯(特に有名なのが東条英機首相)を指します。このA級戦犯もこの靖国神社に祀られていることから、近隣諸国にとっても靖国神社はかつての日本軍国主義のシンボルであった共に、今もその最大の戦争責任者を祀る、近隣諸国にとっては憎しみの対象とも言うべきA級戦犯を祀った忌まわしい施設なのです。
 特に中国など近隣諸国が問題視するのは、靖国神社は日本軍国主義に直結する象徴的施設であり、ここを日本政府首脳等が公式参拝することは、日本国民がかつての戦争を反省していないということ、再び軍国主義に走るのではないかという疑念が今も強いからと言えます。戦後、日本と中国とが国交正常化する時、日本が引き起こした戦争によって中国人民が被った被害を賠償する問題、すなわち「戦争責任賠償」が大きな問題となりました。中国人民の中でこの要求が大きい中で、多額な賠償請求をされたら日本側としては国交回復に応じることは無理という情況があり、これを懸念した中国政府首脳らが取った考え方は「あの戦争は一部の日本の軍国主義者(つまりA級戦犯)が引き起こしたもので、いわば日本の一般国民もそれによる被害者。同じ被害者である日本人民を苦しめるような賠償請求は放棄しよう」というものでした。したがって、もしも、ここで日本を代表する政治家、特には最高責任者でもある首相が、このA級戦犯が祀られている靖国神社を公式参拝することは、これらA級戦犯の戦争責任をあいまいにし、彼等の名誉復活を図るものであり、一般の日本国民も彼等の被害者として納得した中国人民の心情を裏切る行為であると受け止められています。同時に、日本がかつて近隣諸国に与えた痛手を日本国民は反省していないということでもある、等という観点によるところが大であるとされています。

3.憲法20条「信教の自由」と靖国神社

 もう一つ、この首相の靖国参拝に関連して「憲法違反」と言うことがよく言われます。これは憲法の何に違反していると主張されているのかと言うと、日本国憲法第20条は「信教の自由」を保障し、同条第3項において「国及びその機関は、いかなる宗教的活動もしてはならない」とし、公的立場にある人、行政等が特定の宗教団体、施設等に係わることを禁止しています。これは私人の信教の自由を保障するための裏付け的な意味も持ちます。したがって、国家を代表する公的な立場の最たる首相が、現在はあくまで一宗教法人でしかない、特定の神社、すなわち靖国神社を公的な立場を明確にして参拝することはこの20条第3項に違反するというのが、その主な理由です。
 かつて、ならばこの靖国神社を国家的施設として法的に明確にし、公式参拝等も憲法違反とはならないようにしようとして自民党より「靖国神社法案」が国会に提出されましたが、これは国会で否決されました。

4.私的見解として

 このように、かつての軍国主義のシンボルであったこと、あるいはA級戦犯が合祀されていること、憲法違反の可能性があること等から、靖国神社参拝は大きな問題を含んでいます。勿論、日本を守るべくして死んでいった先達に対する追悼の気持ちは大切です。感謝もしなければなりません。戦犯とは言え、死刑に処せられたことで既に贖罪は終えているはず、国のために戦った人達をいつまでも戦犯扱いすることは申し訳ないといった国民感情が多くあることも否定出来ません。しかしながら、我々が冷静になって考えなくてはならないのは、戦争により死んでいった多くの人達の死を無駄にしないためにも、2度と戦争を繰り返してはならないという決意であり、アジア諸国の人々との協調であると思います。靖国神社を支える大きな組織として「遺族会」という、戦死者の遺族により構成された団体があります。その遺族会の人達の中には「先の戦争は侵略戦争であった」と言われることに対して、「それでは自分の息子や兄弟の戦死は犬死にになる。あれは侵略戦争などではなかった」と否定する人も少なくありません。しかし、あの悲惨な戦争の原因を確認し、2度と同じ過ちを繰り返すことなく、犠牲者を出すことが無いようにすることこそ、本当の戦没者に対する追悼ではないでしょうか?先の戦争を聖戦などと言って美化し、そしてまたいつか来た道を再び歩み出すことを、亡くなった戦没者は決して望んでいないはずです。特攻隊員の中には「私の魂は靖国神社などには行かない」と言って死んでいった人もいたといいます。遺族の中には、靖国神社に代表される軍国主義により大切な家族を奪われた事実を思うと、靖国神社に参拝する気持ちにはなれないという人も少なくありません。

 多くの日本人同胞が犠牲となったことは事実であり、それは悲しいことですが、しかし、同時にこの日本の引き起こした戦争により、日本人以上の沢山の近隣諸国の人々(アジアで約2千万人と言われています)が死んでいったということにも思いを馳せなくてはなりません。被害者であると当時に加害者であったこと、その視点を忘れるとアジアの人々の痛みはわかりません。先の戦争が終わってからまだ50年あまり、自分の親を、兄弟を日本軍により殺されたという人々がまだ沢山生きている今、その傷跡は簡単には癒えることはありません。かつての日本の歩んできた道を「知らない」ということは、日本人として生きていくうえで大変残念なことです。近隣諸国から、好かれなくても、せめて嫌われない国、信頼に足る国になるためには、かつて日本がアジアで何をしてきたのかを知ること、今の日本人がそのことを知る努力をしていることを伝えなくては、アジア諸国からの信頼は戻らないでしょう。

 このような考え方に対して、一部の人々は「自虐的だ」とか、「日本人でありながら反日的、嫌日的」と言う人もいます。あの「新しい教科書をつくる会」などです。しかし、先の戦争を「聖戦」とか「正義の戦い」等として、アジア諸国や世界中からの信頼をさらに失わせしめ、日本を国際的な孤立に追い込む彼らこそ実は反日的であり、国益に反する行為であると思います。私達は自分の国を、地域を愛すると共に、かつての日本の歩んできた過ちをも真摯に受け止めて、明日の国際協調時代の中で日本が生きていく道を模索していかなくてはならないと思います。それこそが明日に向かっての国を愛するということにもつながると思うのです。

 しかし、嘆くべきは今のこのような情況の中でも、靖国問題、教科書問題等はもとより、政治、自分の国の将来、外交、そういった問題に全く無関心な日本人が余りにも多くなってしまっていることです。特に若い人ほど、その傾向が強いようです。これでは、日本を守るべく死んでいった戦没者達も嘆いているのではないでしょうか?靖国問題、教科書問題にしても、どの意見が良い悪いは一概には決められません。しかし、何も考えない、知らない、見ないではいけないと思います。まず知ろうとすること、私たちはそこから出発しなくてはならないと思います。
 救いとなるのは、あの「つくる会」の歴史教科書の採用も最終的には全国で公私立含め10数校だけにとどまりそういうことです。うち採用公立校が擁護学校、ろう学校のみにとどまったということに何かやりきれないものを感じますが、しかし、採用がごく僅かであったということに、どうにか日本人の良識を世界に対して示せたものとして、日本もまだまだ捨てたものではないなと救われる気持ちになった人も多いと思います。
 好むと好まざるとに拘わらず、私たち若い世代が次のこの国を、地域を担っていかなくてはなりません。国、地域、家族を愛すると共に、的確な歴史認識の下に国際理解・協調が出来る、アジアや世界から信頼され得る日本を築くために共に学び合いましょう。
    (2001.8.15記)

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