(新春インタビュー)
  中国、発展の鍵にぎる21世紀最初の5年
                          矢吹 晋 横浜市立大学教授


2005年市場経済化へ完全移行 人民元のハードカレンシー化が指標
 中国建国から51年、その前半約30年間の毛沢東時代は冷戦体制下で自力更生(実際は鎖国主義)に頼って純粋社会主義をやろうとしましたが基本的に失敗でした。その後、ケ小平さんが、鎖国経済では人民の生活を向上できないと見きわめ、改革開放を決断しました。それから20年中国はかなり成功したといえます。
 WTO加盟がすでに確実ですが、当面の目標は今後5年、即ち2005年までに、人民元のハードカレンシー(国際金融上、金または金の裏付けのある貨幣)化を達成することです。これによって中国は資本取引での互換性を手にし、名実共に市場経済化を実現することになります。
 この5年間はちょうど第10次5カ年計画の時期と重なります。この時期に国有企業や金融の改革など一連の経済改革を着実に進展させることが課題ですが、中国の市場経済化はすでに最終仕上げの段階に入ったといえます。そのメルクマールが人民元のハードカレンシー化だと見ています。
 中国はすでに96年にIMF8条国に移行し、貿易輸出入では人民元の互換性を実現したのですが、これを日本と比較すると32年遅れたことになります。日本はその後9年をかけて円をハードカレンシー化しました。面白いことに、中国も96年から同じ9年をかけて同じ目標をめざしていることになります。だから、中国と日本の経済を比べると、ざっと30年の差があるといえますが、これを強調しるぎるのは間違いです。
 技術革新が急速に進む今日の世界は、世代を飛び越えた技術発展があるからです。携帯電話がよい例です。中国ほどの大国では、まだ発展途上国という性格があり、地域間の格差も大きいことから、先進国に追いつくには時間がかかります。しかし他方では、技術的な面で世界的なレベルと同時発展を遂げていくものもあります。
 中国をみる場合、この二つの面をとらえることが必要なのです。言い換えれば、その大きさと変化の激しさという両面です。新世紀の最初の5年は中国にとり非常に重要な時期ですが、きっとうまくやれるだろうと思っています。

市場経済の発展が政治体制の改革求める
              中国民主化の受け皿「中国的中産階級」

 中国は外からは大国と見られ、ある面では恐れられています。しかし、不思議に思われるかもしれませんが、今までは中国自身が自分を非常に弱いと感じ、ある種のコンプレックスを抱いた、心理的にアンビバレントな状態でした。その一つの例は、在ユーゴスラビア大使館空爆事件での中国国内の過剰ともいえる反応です。
 中国語でWTO加盟(加入世界貿易組織)を省略して「入世」と言っていますが、つまり「世に出る」「一人前になる」という意味が含まれています。中国が国連に復帰し政治的に国際社会に仲間入りしたのは71年でした。それから30年を経たWTO加盟によって、国際社会が中国を経済的にも一人前と認めるということになるわけです。
 ケ小平氏は経済体制改革はやったが、政治体制改革には手をつけなかったと見る人がいますが、ちょっと違います。ケ小平氏がやったことは「指導部人事若返り」の制度化です。この制度は中国の権力システムの中に完全にビルトインされており、中央・地方の要所に若い有能なテクノクラートが出てきています。来年秋の中共第16回党大会ではポスト江沢民指導体制に移行しますが、もはや毛沢東時代のような外部世界には理解しにくい、ドラスチックな権力交代劇が起きることはありえません。
 昨年中国では、汚職腐敗に敢然と立ち向かう市長を描いた映画が評判になりましたが、チェックアンドバランスを機能させ、汚職摘発の手を緩めず、透明度を増すことが大事です。市場経済の発展は必然的に情報公開を求め、市場経済に対応した政治体制が早晩必要となってきます。 私は中国の「次の世代」に注目しています。いま中国社会の中堅的な存在になりつつあるのが「中国的中産階級」ともいうべき富裕層です。言い換えると、「失うべきものを持ってしまった」階層です。中国の民主化はこの人々を受け皿にして、いずれ進んでいくと見ています。
 中国はサイズが大きいので時間は少しかかりますが基本的には韓国や台湾が高度経済成長を経て民主化の道を歩んだのと同じ道筋をたどることになるでしょう。

日中共同で地域平和の仕組みづくりへ
           「誤解のキャッチボール」に終止符を

 21世紀の日中関係を考えるとき、二つの歴史的経験の総括が必要です。一つはいうまでもなく日中戦争という過去の歴史であり、もう一つは、国交正常化後の経験です。正常化後の両国関係の良い経験を積み上げ、未来志向の関係を構築することが重要です。
 「誤解のキャッチボール」を繰り返すのは愚の骨頂です。98年の江沢民国家主席の訪日は、来日時期を延期したことで、金大中韓国大統領の訪日が先になった結果、過去の謝罪を文書にするかどうかでギクシャクする事態となり、本来「未来志向」をうたいあげたかった江沢民氏の意に反する結果になりました。この2年間のギクシャクとした関係は、お互いに何のプラスもないことを全世界に見せつけた形です。
 両国の間で疑心暗鬼な状態が続いてきました。例えば台湾問題で、日本の一部には、中国が本気で台湾を武力侵攻すると騒ぎ立て、日米が対抗して中国に向かうべきだなどという人がいますが、とんでもない勘違いです。中国の「武力解放も辞さない」という言葉は「伝家の宝刀」であり、「伝家の宝刀」は抜かないことに意味があるのです。
 台湾と日本の中国への資本輸出はともに約250億ドルですが台湾のGNPは日本の20分の1ですから、台湾と大陸の結びつきは日本の20倍の強さがあります。中台間の国民一人あたりGNP格差が1対10もある現状では近い将来の「統一」は難しいでしょうが、台湾も口ではいろいろ言いながらも本気で「独立」できるとは思っていません。日本は現実をしっかり認識して余計な口出しをすべきではありません。
 中国国内の一部にも、日本は平和主義といっているが一夜明けたら軍国主義が復活するのではないか、という疑いの目で日本を見ている人たちがいますが、問題は過去の歴史自体よりも、日本の将来像が不安なので、昔のイメージで相手を見ようとするところにあります。いずれにせよ、お互いが相手国の一部の極端な言動に振り回され、誤解をエスカレートさせるようなことはやめるべきです。
 昨年秋の朱鎔基総理訪日は、両国政府・国民の間にあったモヤモヤとした空気を払拭し、前向きに舵を切り替える上でプラスでした。21世紀の日中関係がめざすべきところは、お互いに戦争は絶対に繰り返してはならないし、もう繰り返せないという大前提に立ち、これからどういう良い関係をつくるか、です。
 朝鮮半島に民族融和の歴史的機会が訪れている今、この地域に重要な役割を果たすべき両国がアジアの平和を支える仕組みづくりに協力し、エネルギー、食料、環境などの地球的課題に率先して立ち向かうもとが必要です。21世紀は国家も民族も、いろいろなチャンネルを通じたお互いのつながりの中でしか生きられない時代なのですから。

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