(記念講演98.9長野)
    日中平和友好条約20周年と
               日中関係の課題

               元中国大使・外務省アジア局長  橋 本 恕 先生


 私は政府の役人を40年ばかりやりまして、その内20年以上は、直接中国の仕事を、つまり日中関係を担当しておりました。私は学問は有りませんが、中国の仕事をした20年以上の経験や蓄積した知識があります。それから大使を辞めた後もいまだに中国と関係がございます。日本政府が大蔵、通産、外務、環境庁等で、大きな環境ミッションを組織しまして、中国に派遣した環境調査団の団長をやれということで、最近二度ばかり参りました。このことは、また後で触れたいと思います。そういうことで私は中国との関わり合いは非常に長く且つ深いものがあるんですが、昔の話をしてもあまり皆さんのお役に立つかどうか判りませんので、今日は時間もそんなにありませんから現在及び将来の日中関係を考えた時に、何処に目を付けたら良いかということを中心にして、皆さんと一緒に今後の日中関係を考えてみたいと思います。
 日中関係を考えます時に、どうしても避けて通れない難しい問題というか前提条件というものが三つございます。一つは、日本と中国は、隣同士の国であります。これは当たり前のことですけど、中国民族なり日本民族が民族を挙げて引っ越しすることは出来ない。従って、どうしても共存せざるを得ない。もう一つは、中国人と日本人とは人生観、価値観が非常に違う。一緒の所も有りますが、価値観、人生観が違う。それから最後の三つ目がいわゆる歴史認識の問題であります。つまり日本と中国は、日清、日露までさかのぼらなくてもいいが、満州事変以来長い戦争状態にあった。このことが日中関係を考える時にどうしても避けて通れない。
 もう少し詳しく言いますと隣国関係ですけれど、これは個人の関係でも隣との関係というのは非常に難しいんです。あまり慣れ親しんでお互いの生活に踏み込むとまずい、さればとて全く疎遠なのもまずい。国と国との間でもそうなんですけれども隣国関係というのは非常に厄介だと思います。アジアでも世界どこでもそうなんです。大体隣との関係というのは仲が悪いんです。例えば日本と中国でいいますと尖閣諸島という問題が有ります。この問題で話しますと1時間、2時間すぐ経ってしまうんですけれども、尖閣諸島については、日本側はあくまでも日本の領土だと頑張っています。中国はこれは昔から中国の領土だと主張している。これは足して二つで割るという訳にも行きませんし、今更日本も中国もよく考えてみたら貴方の領土だった、私の意見は撤回しますということは、口が腐っても言えませんですね。また、日本と韓国との間にも、竹島問題があります。こういうふうに隣国であるが故に生ずる問題というのはどうしょうもないんです。
 次に価値観、人生観が違う。昔からよく同文同種ということを言われますが、中国人と日本人が同文同種というのはこれほど人を惑わす言葉は無いんですね。勿論一緒のところも有ります。同じ東洋人として信義を守る、信義が一番大事なんだという点、この点は同じ東洋人として共通の価値観が有るんですけれど、一歩踏み込んで中国人のものの考え方、生きざま、価値観は、日本人と全く違う。これについては日中関係で、これまで何度も問題となりました、内閣総理大臣の靖国神社参拝という問題。皆さん新聞その他で何度もご覧になったと思いますが、中国は内閣総理大臣が靖国神社に公式参拝することに断固として反対、厳しく批判する訳ですね。ここで考えたいのは人生観、価値観が違うんですね。つまり日本人の場合は、皆さんご理解いただけると思いますが、死んだら神様になるか仏様になるんですね。つまり生前にどういう行いをしたかは別として、死んだ人に罪は無いという考え方ですね。中国人の場合はそうではないんです。悪いことをした奴は、特に生前に悪いことをした人間は、千年経とうが万年経とうが断固として許さない。神様仏様などとんでもない。靖国神社について申しますと、そこにA級戦犯が祭られている訳です。A級戦犯という中国を侵略した張本人である東条さん始めその人達を日本の内閣総理大臣が公式に参拝するとは何事だ、これは断固として反対するということで、ここで問題の根本は人生観、価値観の差なんですね。今靖国神社の例だけ言いましたが、他にも具体例はいろいろ有るんですが、次に進みたいと思います。
 三つ目は歴史認識の問題なんです。やはり日本側には日本側の言い分が有るんですが、中国からみましたら満州事変、支那事変、大東亜戦争、これは日本軍が中国を侵略したんだ、これは断じて忘れることは出来ない。今でも小学校、中学校で必ず子供達に教えています。これは私どもまでの世代の人は非常に悪いことをした、申し訳ないという人もいれば、それ程でもないけれど少しは気にする人、程度の差はあっても中国に迷惑を掛けたということについては、心の何処かにありますね。ところが、だんだん昭和生まれの人が国民の大多数を占めるようになりますと、例えば私どもの子供の世代、いわんや孫の世代にいきますと、50年前百年前に、家のお祖父さん或いはひいお祖父さんが中国へ行って悪いことをしたかも知らないが私は関係無いよ、戦争が済んで半世紀もたって、今更昔のことをほじくり返されても甚だ迷惑だと、何言ってるんだ、という人がだんだん増えて来ます。これは日本国民全体がそうなんで、例えば代議士の中にも公然とそういう議論をする人がいます。ところが中国の方からみると許せない、絶対忘れるべきでないと。ここで中国民族と日本民族の差が出て来るんですが、中国という国は今大変な高度成長で、激しく近代化の道を進んでおりますが、それでも中国人の間では、4千年の歴史が、その節目節目の歴史がきちんと生きているんですね、中国人の意識の中で。日本人は、昔のことはきれいさっぱり忘れることが出来る民族なんですね。特に自分に都合の悪いことは、すぐ忘れてしますという特性を持っている。逆に言えば過去にとらわれないというのは日本人の美徳でもあるんですが、中国はその点過去の歴史を決して忘れないですからね。しかし、世界の国々を見渡して、昔のことはきれいさっぱり忘れようというのは日本が特殊で中国が普通なんですね。
 こういった三つの問題を根本的に解決しなければ日中関係はうまくいかないのか、日本と中国は仲良く出来ないのかというと、そうではないのです。それをこれから皆さんと一緒に考えていきたいと思います。先ず今申した三つを根本的に解決するということは不可能でしょう。隣国であること、これは引っ越し出来ませんから。それから人生観、価値観が違うといっても中国人の処世観、人生観を日本人と一緒にしろというのが、どだい無理なのであって、また一緒にする必要も無い訳ですね。それから歴史認識の問題についても、これは向こう側は忘れない、こっちは忘れたいと、これもどうしようもないことと私は思う。そこでこれが時に大きな問題になって日中間に浮かび上がるんですが、極力大きな問題に、特に日中間の政治問題として表面化しないようにお互いに気を使い合う必要があると思います。つまり話し合いによって最小限にとどめなければならない。中国には、皆さん何度もお聞きになったと思うんですが、小異を残して大同に着くという考え方が有ります。日本は大同小異というのは、小異を捨てて大同に着くというが、中国はそうではない。小異を残して大同に着く、つまり先ほどのような小異、つまり考え方の差は有っても、経済協力はできる。日本と中国は隣同士の国として貿易を盛んにすることによって、中国人も日本人も相互が潤う。それから政治の問題で言いますとアジアの平和と安定のために日中が政治面において防衛面において協力をすることができる。本当に日本の経済がどうなって行くのか、皆さん方も心配でしょうが私もそうなんですが、大変厄介な局面に差しかかっている。いろんな人が、第2次大戦後最大の経済危機だと言っている。私はそのとおりだと思う。ただ戦争で、若い人は戦争は知りませんけど大変な破壊殺戮の行われる時代に比べると、今の平和は幸福だと思うんですね。中国もまさにそうなんです。中国は日中戦争のあと日本が無条件降伏した昭和20年、1945年、もう極端なことをいうとその次の日から蒋介石率いる国民党と毛沢東率いるところの共産党とが、広い中国各地で激しく戦う訳ですね。1949年までこの内戦が続く訳です。従ってケ小平以来の中国にとって上も下も何が一番大事かというと、いの一番に何よりも大事なのは経済建設、中国人皆が豊かな生活、少しでも良い生活が出来るようにという、ここへ集中しろと、今やっているわけです。そこへもってきて、もし戦争が起きればせっかく今まで順調だった中国の近代化建設は崩壊してしまいます。従って、戦争をしたら大変なことになる、何としても戦争は避けたい。ということはこの面で中国と日本は全面的に協力出来ますね。またそれが双方の利益である。それから科学技術の問題、中国は遅れている、日本は進んでいますけど、いろんな分野の中では中国の方が遥かに進んでいるものも無い訳ではないが、この問題は詳しく触れるのは避けますけれども、この面でも協力できる。それから、文化協力の問題、その他文化遺産の問題とか、伝染病の予防とか、こういった問題で大いに協力することによって両方におおきな利益がいくらもあるんですね。小異を残して大同に着くという考え方、正にそのとおりですね。従ってこの根本の所で日中間の合意が出来れば、具体的に何をやるかは方法論、各論ですから。
 ここで皆様方に是非ともお判りいただきたいのは、中国人というのは片方の手で激しく殴り合いながら片方の手で固く握手出来る民族なんです。これは日本人には難しいんですよね。とにかく人のことは言えないので、私もある人を嫌いになったらあんな奴は顔も見たくない口を利くのも厭だとすぐなりがちですが、中国人は腹の中では、この野郎と思っていても、そいつと商売して儲かるなら平気でやりますね。日本と中国との日中戦争、中国側から言えば日本の中国侵略ですね。その結果大勢の中国人が殺されている訳です。それから大変な財貨が焼き払われ略奪されたり、私のお父さんは日本人に殺され、お母さんは日本人にいたずらされたという、その中国人が商売で一緒に儲けるなら日本人と手を結ぶことが出来る。これが中国人なんですね。全ての中国人がそうだとは言いませんが、中国人の特色というものを理解すべきだと思いますね。従ってやはりこれは小異を残して大同に着くということが中国側に出来るし、日本人もそうすべきだと思う。
 次に今後の日中関係を左右する大きな問題について四点ばかり申し上げたい。これは、今後の問題です。
 先ず第一に政治の問題、台湾問題があるんです。ご存じのとおり先程も触れましたけれども、第二次大戦後、国民党と共産党が国内戦争を始めた訳ですね。1949年に入りますと決定的に毛沢東が率いる共産軍が勝利を収めるんですね。その結果蒋介石が率いる国民党が台湾に逃げ込む訳です。台湾はご存じのとおり、昭和20年8月15日、日本軍が負け、無条件降伏するまでは、日本の領土なんですね。戦に負けてあそこを引き上げると、そこへ丁度空いていますから蒋介石率いる国民党が逃げ込んで来た訳です。中国共産党政権は1949年10月1日中華人民共和国成立を中国革命の初歩段階と考えている。中国の指導者は台湾解放無くんば中国革命の完成は有り得ないと考えている。つまり中国革命をあくまでも推進して行くためには、何としても台湾解放というのは至上命令であります。今でもこの旗は降ろしていない。ただここが日本人と中国人の考え方の差が出てるんですね。日本人であれば政府が非常に大きな目標を掲げますと、日本人は、おい、何時迄にやるんだと、来年までか再来年までか。中国人は一切言わない。つまり何年までにということは絶対言わない。しかも、平和的に話し合いによって台湾を解放するか、それとも武力攻撃によって台湾を解放するのかということについても、未だ曾て一切言わない。つまりどちらでもとれるようにしておくというのが中国の対応ですね。これに対しアメリカ、日本もそうなんですが、平和的な話し合いによって台湾問題の解決をする、話し合いで台湾と大陸が一緒になるのは結構ですよと言っている。一つの中国を認めている。しかし武力を発動しての台湾の解放は困る、賛成出来ないよということを非常に強調した。去年でしたか、台湾と中国との関係が緊張しまして人民解放軍がミサイルを台湾海峡に向けて打ち込みましたあの演習、その時台湾と中国との関係は大変緊張して一触即発の危機にあった訳ですが、その時第7艦隊が空母を派遣してですね、米国は黙って見ていられないよと意思表示した。但し中国が台湾解放のため実力行使、つまり中国人民解放軍が台湾に上陸するようなこと、空爆を掛けるようなことがあれば、米軍が出動して台湾を防衛するという明確なコミットメントは与えていないですね。平和解決は良いが、それ以外の時には米国軍はどのくらいまでやるよということは明確にしていない。これは中国に推測させる。中国は中国で米国に対して、どのような方法で台湾を解放するかということついては米側に推測させるということで、お互いに腹の探り合いをしている。日本にとって何が重大かというと、仮定の話としてですが、若しも中国が軍事力を以て台湾解放に乗り出した時、日本は一体どういう態度をとるんだと、これも仮定の話しになるんですが、その際もし米国が武力で台湾防衛に乗り出す、つまり中国の台湾攻撃を阻止するために米国も第7艦隊をはじめとして武力を用いるとした場合、日本は米国と同盟国ですから、日本は当然米国を助けるべきだと米国は考えますよ。こちらは台湾海峡で戦争が起きた時何で日本が行って米国を手伝わなきゃならんのか。日本には平和憲法が有りまして、如何に日本の目の前であろうとも集団自衛権というのは認められていませんから憲法上。一方中国は、若し日本が米国を助けて台湾防衛に加担するのであれば、中国から見れば日本は敵ですからね、日本に攻撃を掛ける恐れ無しとはしないということになりますね。従って、この問題、これは仮定の問題ですけれど絶対無い訳でない将来の問題。従って日本としては先程来申し上げているように台湾と中国とが平和的話し合いによって一つになる、或いは連合体を組むことに行ってくれればめでたしめでたしで問題は無いんですけど、万が一ここで戦争状態になった時、一体日本はどういう立場をとるんだということが問題なんです。皆さんご承知と思いますが、日米安保条約に基づく所謂ガイドラインの問題。つまり極東有事の際、米軍が発進する。極東の平和と安定のために米軍が血を流している時に、日本は何も手伝わないのか、それはおかしいと、当然米国は言いますね。そこでそれじゃ日本が何処まで手伝うのかということで、所謂ガイドライン、これは中国が非常に神経を尖らせています。時間が掛かるから説明は止めますけれど、例えば米軍に対する補給の問題例えば前線に向かって出撃する米軍の艦隊、飛行機その他に対し、それに対する武器、弾薬、食料、水、そういったものを洋上で補給する、どこまでやるんだという、こういう問題ですね。これに中国は非常に批判的且つ反対をしておりますね。こういった台湾問題。じゃ根幹のところはどうなっているのかという問題ですけど、これは日本と中国との共同声明で、はっきり認めているのは、台湾は中国の不可分の領土でああるという中華人民共和国政府の主張を日本は理解し尊重する。中国は台湾を自国の領土だと言っている。それを日本にそっくりそのまま台湾は中国の領土だということを認めろという強い要求があったんですけど、大変もってまわった言い方になっているのは、理解し尊重するが、しかしどんぴしゃり台湾は中国のものですよ、と言っていないのが我々の解釈ですね。これは何と中国に言われても仕方ないんですね。日本は皆さんご承知のとおりに戦争に負けた時に日本の領土だった台湾を完全に放棄したんです。日本が出た後誰のものになるかというのは、敗戦国日本が言うべき問題ではないんですよね。今度のクリントン大統領が中国に行った時、江沢民国家主席が訪米した時首脳会議で非常に大きな問題の一つは台湾問題ですね。今後の日中関係を考える時も、この問題テーマが話し合われるでしょう。ということを記憶に留めておいていただきたいと思います。
 その次ぎの問題は経済の問題なんですが、先程から話が出ましたとおり、日本経済のバブルが崩壊して以来大変な不況なんですね。これは日本だけでなくてアジア諸国いや世界経済にとっても非常に大きな痛手になっていることは皆さん新聞その他でよくご存じだと思います。端的に言いますとアジア諸国の日本に対する輸出がガクンと落ちていますね。それはそうでしょう。あれだけ個人が金は使わない、企業も金を使わない、政府も金を使わないとなりますと、当然のことながら輸入が激減いたします。それをもろに被っているのがアジア諸国ですね。アジア諸国はご存じのように昨年の秋以来、これまた現実に通貨の急速な下落、株の下落、土地の下落。日本のバブルが崩壊した時と同じような非常に苦しい状況ですね。アジア諸国は日本よりもっと苦しい。日本は世界一の債権国で金が有るので、が、ものをつくっても個人も企業も政府もみんな使わないから大変不況なんですけれどもアジア諸国は債権国どころか外国の資本が、特に民間の短期資本が、アジア経済の奇跡は終わったというので一斉に引き上げたから、それで青息吐息になっている訳でしょう。問題の根本が違う。それでも何とか立ち直るためにアジア諸国は中国を含めて、日本の景気が良くなることによって日本に物が売れるようになることを願っている。それが今出来ないじゃないか、のみならず日本の円が落ち込みますとアジア諸国の中でも韓国、台湾のように、半導体や家電製品なんかもそうですが、米国、ヨーロッパの市場に円が強かった時は輸出出来た−−これは彼らの現地通貨が安かったものだから競争力が非常に有ったが、日本の円が安くなりますと、彼らが輸出する時になかなか日本が物を買ってくれないで困るのみならず、欧米諸国にアジア諸国が物を売ろうとする時に日本の製品と競合する。中国の場合ご承知のとおり日中貿易は、非常に大きく順調に伸びて来たが、昨年来中国の対日輸出が相当目に見えて減って来ています。この傾向は今後も続くと思います。中国は先程来申し上げているように、昨年の夏以来アジア諸国の相次ぐ通貨の切り下げにもかかわらず、人民元を未だに切り下げずに維持しています。これは世界中が注目している。特にご商売をされている方大変気になる点なんですが、人民元は何としてもどんなに苦しくても下げない、これを切り下げますと、又しても他のアジア諸国がもう一度大きな切り下げをやらざるを得なくなる。これがまた日本にも波及するということになる。従って中国は輸出が難しくなるけれど自分が苦しいからといって人民元を切り下げれば、他のアジア諸国にも大変迷惑を掛けるということで頑張っているんだと言っている。ただ中国の経常収支が今は黒字だからいいですけど経常収支が赤字に転落すれば、中国だけが人民元を切り下げずに頑張ることは不可能だということにならざるを得ない。従って中国が人民元を切り下げるがどうかということが一つの大きな目の付け所であります。中国の経常収支がどうなるか、こういった当面の為替の問題、貿易の問題、そのほかに、数年前から中国経済にとって最大の悩み、泣き所は何かというと不良債権なんです。日本の最大の問題も不良債権でしょう。これは銀行だけでなくて、銀行以外の企業もそうです。同じような問題が有るんです。これをどうやったらうまく解決出来るか。中国と日本とは経済の建て方、生い立ち、やり方も違います。違いますけど日本が若しうまく解決することが出来れば、中国も少なくとも参考にできる。不良債権処理の問題だけ取り上げましたが、ほかにもいろんな経済の問題で中国と日本は協力して、解決して行くということが私は可能だと思う。
 次ぎに第三の問題として環境の問題を取り上げてみます。私は政府の環境ミッションの団長として何回も中国へ行っていますが、丁度中国の高度経済成長が始まって1992、3、4年頃から、本当はもっと前から有ったんですが、公害問題ですね。日本の高度成長の時皆さんご存じの、もう20年或いは30年近く前になりますか、日本の全国各地で重化学工業の急速な成長の反面、全国で公害問題が本当に深刻な問題になりました。水俣病とかイタイイタイ病だの同じ病気が中国でも流行っているんです。しかし一番厄介なのが、それが大人なら我慢出来るかも知れませんが、生まれて来る子供に公害の影響が明確にいろんなところで出て来る訳ですね。中国も前から気が付いていたんですが、これまで抜本的な手を打てなかったのは、はっきり言って政府も民間も金が無いからですね。私は政府のレベルでの話しだったんですけど、公害問題について随分率直に話したんですけど、中国だって日本に指摘されるまでもなく、凄まじい水の汚染、大気の汚染、空気の汚染、よく判っており直ぐでもやりたいけれど、日本のようなレベルに到達するまでには時間がかかる。それに大変な金が掛かる。ご承知のように日本政府は中国政府に対し毎年二千億円近い膨大な円借款を与えている。それから円借款は返さなければいけない、しかし無償援助は返さなくて良い。技術協力も、これもお金を取らずにやっているが、こういう面で例えば去年完成したんですが、北京市の公害センターというのが有りまして、そこに日本の優れた環境対策問題のいろんな設備を全部纏めて二百億円、これを無償で提供しまして、そこで中国の優れた学者が来て研究しています。各地で公害問題が現実の問題として国民の生活、健康を脅かしている訳ですけれども、特にひどいのが南の方で四川省、北の方は旧満鉄の沿線ですね。撫順だとか重化学工業地帯ですね。これの上空、それから水の汚染、それからまた四川省の場合は大陸の真ん中ですから大気が動かないんですね。日本という国はある意味で大変恵まれておりますのは、今年も台風、間もなく6号が来るようですが、この水害で不幸な目に会っておられる方大変お気の毒ですが、公害の面から見ますと、一度大きな嵐が来ると日本列島から大気も塵も吹き飛ばします。四川省の場合、上に上がった時、淀んで空気が動かない。これは北の満鉄沿線も同じです。それから水の汚染や地球温暖化の問題があります。皆さんが中国へ仕事或いは観光でいらっしゃった時、上海でも北京でもそうなんですけど中国と日本の間、飛行機で帰りは風の強い時は1時間、風があまり強くない時でも30分早いでしょう。つまりジェット気流が常に中国大陸から日本列島に吹いている訳です。従って中国の大気の汚染は日本列島に吹き寄せて来るんです。ただ今の段階ならそれほど見えた被害は出て来ない。中国の公害が現在以上にひどくなって、中国大陸の空気がもっと汚染されますと、ほぼ間違いなく日本列島に悪い影響を及ぼすことになります。それから水ですね。ご存じのとおり中国産の野菜は随分日本のスーパーに入っています。中国の水が汚染されれば当然日本にも影響が出て来る。こういった環境問題を中国も日本もうまく協力して処理することによって、日本経済も中国経済も公害無き発展を期待するようにしなければならない。これが私の指摘する三つ目の今後の課題です。 最後に戦後処理の問題というのはまだ残っているんです。所謂化学兵器の問題、戦争中に帝国陸軍が、非常に大きな部分を関東軍が残した。旧満州、現在の東北三省ですね。ここに化学爆弾を、一番多いのはイベリット爆弾です。黄色い煙が出て、これは窒息しますしね。それから肺癌になったり、喘息になったり、私は医者の知識は有りませんけど戦争中古い方ご存じと思いますがイペリット爆弾というのが有ります。これ飛行機から投下するための爆弾に仕立てたものと大砲の砲弾に仕込んだもの二つあるんです。爆弾、砲弾、これが正確に掴めないが、大変な量。日本軍は満州或いは中国で作ったか或いは内地から持ち込んだ。これが、日本軍が全面降伏しまして、引き上げる時に、これ中国の方にしてみれば持って帰って欲しかったはずなんですが、当時中国は、国共内線で中国の中も混乱していましたし、日本軍の兵隊さんは兵隊さんで武装解除されて命からがらの状態にあった。従って身体だけ持ってかええるのが精一杯で、関東軍が残したそんな毒ガス砲弾を担いで帰る気はとても無いですね。どうしたかいうとそのままにして帰ったですね。そこでだんだん中国の内戦も落ち着いて中国政府、人民政府が次第次第に治安を取り戻した時、日本軍が変な物を置いて行ったぞ、これをどうするかというので、山の奥へ持って行って、ちょっと埋めた訳ですね。その上へ土を被せた。それから山の無い所は、田圃の端っこの方に、丁度空き地みたいなところに穴を掘って埋めたんですね。これは砲弾にしても爆弾にしても厚い鉄鋼のスチールで被っていますから、従って何年かもつ訳ですね。しかし年月が経つと、これが破裂して、強いイペリット爆弾の爆発で人が死んだり怪我したり喘息になったり、あっちこっちから被害が報告されるようになった。というのは最近中国は大変な勢いで高度成長を始めたでしょう。そこで農地を開発して工場を建てる、工場の寄宿舎を建てる。農地を工場用地に転用する段階においてどうしても掘り返される。そこで油圧シャベルとか人の手でツルハシに当たっている。もう日本軍が置いて行って50年以上たつと、いくらスチールで被われていても腐ってくる訳ですね。保存が悪いから、土の中に埋めてあっただけですから、従ってちょっとしたツルハシ、ちょっとシャベルで当てたりすると爆発しますね。それを中国政府は当然のことながら何とかしてくれ。これはどう考えたって日本軍の置いて行ったものだから日本の責任だと主張する。一方国際的には条約が出来ましてね。化学兵器処理に関する条約というものは最近出来たんですが、これによりますとやはり毒ガス、こういう化学兵器、これを持ち込んだり、これを製造して持ち込んだその国が責任を持つべきだと規定している。それはそうですね。どの国だってそんな物を持ち込んで欲しくないですから。その条約上の責任からいっても日本と中国の二国間の問題、特に道義の問題として、これはやはり我々のお父さんお祖父さんの時代にやったことであっても、現在いきている我々日本人が責任を取らざるを得ないと思うんです。この話をすれば非常に長くなるのでこの辺で止めますが、結論だけ言えば日本の責任においてやらざるを得ないし、また政府も実に大変であると思いますが出来るだけ努力して行くということです。困ったことに現在の日本にこういう化学兵器、毒ガス爆弾、毒ガス砲弾を処理する能力は、はっきり言って政府にも民間にも無いですね。そこで米国、ヨーロッパ特に米国の技術を持って来て、或いは場合によって米国の企業に頼んで処理して行かざるを得ない。その代わり搬入の問題は下手に扱えば品物が品物ですから、現地住民に、この化学爆弾の爆発により大変な被害を与えますからね。先の中国の公害問題どころの話じゃないですよ、毒ガスそのものが中国人の健康に与える影響を考えますと万全の措置を取るべきであります。その時の技術問題、それからこっちは命からがら捨てて行って向こうは中国内戦の最中だったから何という村の字の何々の何番地に何発埋めてあるという資料が中国側には無い、日本側にも無いです本当に。中国は広いですからね、何処があの辺らしいということで今やっている訳です。と言いますのは関東軍も無責任じゃないかと言っても、日本が負けて早速戦犯狩りが始まった訳です。先程A級戦犯の話が出ましたけどBC級の戦犯というのが有りまして二等兵でも一等兵でもこういう爆弾を直接扱っていたとなりますと戦犯問題なんです。特にこういう化学兵器製造、化学兵器の開発に直接携わった人は、有罪になったでしょう戦後。戦犯に問われることを恐れて資料を徹底的に燃やしちゃったんですね。従って今中国でこの問題を誠意をもって解決するといっても手探りなので大変時間が掛かるだろうと思います。だけどもこれは非常に重要な日本民族、大袈裟に言えば良心の問題ですから何としても日本が解決しなければなりません。これを最後に指摘して私の話しを終わります。


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