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新疆ウイグル自治区の問題が取り上げられる機会が多い。大西博・慶応義塾大学教授が現地調査を踏まえて「強制労働」問題を解説しているのでここに紹介したい。

ヒューマンライツ・ナウの要求はウイグル問題を解決するか
  
                              大西博・慶応義塾大学教授

 最近、中国新疆ウイグル自治区における「強制労働」なるものが話題となり、4月8日にはヒューマンライツ・ナウが日本ウイグル会議及び阿古智子東大教授を伴った記者会見を行った。私自身、新疆ウイグル自治区において解決すべき民族差別があると認識しており、その解決を心より願うものであるが、あまりに広く解釈された「強制労働」の概念が持つ危険性を強く感じた。私は新疆ウイグル自治区における民族問題を研究しているので、この場においてその問題点を指摘しておきたい。

 最初の論点は、この記者会見で主催者側自身が強制労働であるか否かの困難性を認めているということである。例えば、阿古氏は労務輸出が本人の意思か否かは判別不能と述べた。私は実際、その労務輸出のある送出し地区を調査したことがある。誰もが「本人の希望」と答えたが、その地の地方政府幹部が「貧困脱却」で成果を上げようと労務輸出に相当強力な「指導」を行っている可能性はある。が、十分な働き場所が無い南新疆地域での貧困撲滅をするためにこうした処置の取られること自体は自然である。日本でいえば、昔の集団就職である。

 というわけで、私の自然な感想は、送り出された労働者の労働条件を詳細に調べ、その改善を求めるのが筋であって、「撤退せよ」という要求は現地住民のためにはならない、というものである。記者会見では主催者が共産党政府である以上どのような調査も信頼できない。結局は撤退以外にない、と主張していた。これでは、貧困から脱却したいとの彼らの願いはどうでもよい、ということになる。

 実際、そうした労働者の送り出しをしている南新疆の地方政府はすでに10年も前から送出し先の調査・監督に相当程度乗り出している。私が調査した地方政府であれば、送出し先に政府幹部を常駐させたうえで、次のような項目をチェックしていた。すなわち、①イスラム用食堂と浴室、エアコンなどの設備の有無。寮費が無料かどうか。②食料補助金の有無。ウイグル人シェフを同行しているかどうか。③外傷保健、医療保険などの有無、労災補償の有無。④試用期間や操業停止時の賃金を含む各種労働条件。⑤8時間労働規定と週休規定の有無。⑥工場までの旅費と親族訪問旅費の企業側負担。⑦生活の状況を家族に知らせるための録画作成、などである。企業に要求すべきは撤退ではなく、こうした事柄ではないかと思うのである。

 この記者会見では阿古氏が「強制労働の考え方が民主主義国と中国とで違う。民主主義の価値観を持つ我々が今後の世界を作っていく上で、我々のような考え方が中国に普及していく取り組みの一つ」と主張していた。何が良いことで、何が悪いことかを現地住民ではなく外国人が決めるべきという主張である。が、こういう態度は現地住民の反発を招くだけで民族問題の解決に寄与しないと思う。企業家諸氏の判断を仰ぐ。(「国際貿易」2021.5.25号)

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