日中国交正常化45周年を記念し知事を団長に友好の翼(10/29~11/2)
河北省と北京市を訪問、友好協力を深める

 日中国交正常化45周年を記念して阿部守一知事を団長に高波謙二県日中友好協会会長を副団長とする長野県日中友好の翼訪中団一行53名は10月29日から11月2日まで河北省石家庄市と北京を訪れて友好と親善を深めました。河北省では河北省許勤省長と会談し北京冬季オリンピックに向けての支援交流や来年両県省友好提携35周年に省長の来県招請やそれに合わせてチャーター便実現を目指すこと等、これからさらに一段と“実のある交流を進めることを確認しました。また北京では、中日友好協会の唐家璇会長と再会しあたたかい歓迎をうけたほか、中国人民対外友好協会の宋敬武副会長と会見、歓迎宴会に出席しました。また知事は北京市政府と2022年の北京冬季オリンピックにむけ冬季スポーツ分野での青少年交流に関する覚書を結びました。

 今回の訪中団には、阿部知事と知事部局(大月良則県国際担当部長他)はじめ、諏訪光昭県会副議長、濱田州博信州大学学長、相澤孝夫日本病院会会長(県日中副会長)、唐木一直南箕輪村長、平林明人松川村長、富井俊雄野沢温泉村長、山岸喜昭・高島陽子・小川修一各県議、武重正史JA長野中央会参事、県日中友好協会からは高波会長ほか山根敏郎副会長、西堀正司理事長ら役員会員、経済界関係者らが参加しました。

 長野県日中友好協会グループは高波会長以下33名で編成され、友好に努めるとともに、第19回党大会直後の中国を直に体験してきました。10月29日早朝羽田空港での結団式に参加し北京空港に向かいました。空港で中日友好協会の程海波副秘書長や張孝萍友好交流部長、董丹丹さん、呉虞さんらに迎えられ、さっそくこの日は高速鉄道で石家庄に向かいました。石家庄では日曜であったにもかかわらず許省長はじめ王暁東副省長、朱浩文省秘書長、劉暁軍省外事弁公室主任(省人民対外友好協会会長)、劉教民教育庁長、李石商務庁長、何江海体育局長、魏存計省国際貿易促進委員会会長、張鉄龍省農林科学院院長、蘇岩省冬季オリンピック弁公室副主任、李軍外事弁公室副主任など長野県とのかかわりの深い分野の責任者が顔をそろえ歓迎していただきました。新旧友人の皆さんとお会いすることができ、親しく交流できた感激の第1夜でした。省長・知事の友好協力を積極的に推し進めていきたいとの熱意溢れるあいさつに大きな拍手を送りました。また河北省が2022年の冬季オリンピックと先ごろ打ち出された「雄安新区」という2つの巨大国家プロジェクトの地元として、これを発展の一大チャンスととらえての意気込みが感じられました。

 翌10月30日は石家庄市第42中学を訪問しました。4千人の中学生と2千人の高校生が学ぶ学校で、国際交流にも力を入れ、留学生を受け入れたり海外に派遣したりしているそうです。タイやイタリアの留学生と中国の高校生による創作ダンスや孔子の伝統教育風景の劇などを演じて歓迎してくれました。その後、校庭をクラスごとに30分ほど連続行進する様子を見、授業を参観しました。中国の新しい風に触れたように思いました。昼は石家庄市の欒建英外事弁公室主任がしゃぶしゃぶの昼食会を催してくれました。山根敏郎長野市日中会長が一同を代表して感謝の言葉を述べました。
河北省への思いは尽きませんが、梁国輝処長や紀竑さん、董彤さんらの見送りを受けながら、1泊2日の短い滞在を終え、北京行きの高速鉄道に乗り、石家庄を後にしました。

 この日の夕、知事、高波会長らは唐家璇中日友好協会会長と釣魚台迎賓館で会見し、親しく懇談しました。唐会長は河北省との各分野の交流が成果を上げていることを評価するとともに、教育分野での協力拡大に期待感を示しました。

 10月31日、この日は万里の長城の居庸関を訪れ、多くの皆さん頑張って急な坂をものともせず登攀しました。中国の悠久な歴史を満喫しつつ記念写真に納まりました。居庸関の更に先には八達嶺の関所があり、歴代王朝が守りを固めてきました。緑化に力を入れてきた成果で周囲の山の緑がだいぶ増えてきたという印象も受けました。河北省との緑化協力プロジェクトに取り組んでいる協会としてもうれしい変化でした。

 午後は盧溝橋抗日戦争記念館を訪れました。本年はあの日中全面戦争勃発の発端となった盧溝橋事件(1937.7.7)から80周年にあたります。マルコポーロが当時の元の都、大都を訪れたとき、この盧溝橋を訪れ世界で一番美しい橋と『東方見聞録』に記したことは有名です。近代史の舞台として登場して以来、歴史を顧みる場所となりました。盧溝橋をカメラに収めて、歴史の風情を再現した街を通って記念館に入ります。入り口のロビーには中国人民の抗日戦争勝利の意思を表した軍民の像がずらりと並んでいます。「偉大な勝利、歴史的貢献」と題し、「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利記念展」が行われていました。

 1936年に国共合作による抗日民族統一戦線が結成され、中国の抗日機運が高まる中、日本軍が無謀にも全面戦争に突き進んでいった時期の中国側の事情が展示されていました。毛沢東の『持久戦論』で論じられているように、当初圧倒的優勢を誇っていた日本軍はやがて広大な中国の各地で抵抗にあい戦線は膠着し泥沼状態に陥り、燃料確保のため南方進出を試み列強と衝突、局面の打開を図るため更に無謀な太平洋戦争にっ突入していくこととなりました。展示は8の部分に分かれ、1~3部は抗日統一戦線のもとでの全民族抗戦への発展、4部は日本軍の暴行、5~7部は反転抗戦、国際社会からの支援と偉大な勝利、8部は歴史を銘記し世界各国と手を携え恒久平和をなどとなっていました。目をそむけたくなる残虐シーンの展示もありましたが、最後の展示では、田中角栄首相と周恩来首相が共同声明を発表して日中国交正常化が実現し以後、歴代首脳が会見し友好を深めていく様子が展示されていました。平成天皇の「満州事変以来の歴史に思いを致し再び戦争の惨禍を繰り返してはならない」との言葉がよみがえってきました。団員一同、平和の大切さを思い起こし、記念館を後にしました。

 この日知事一行は午前中北京市政府を訪れ、陳吉寧代理市長と「冬季スポーツ分野での青少年交流に関する覚書」を結びました。その後駐中国日本大使館を訪れ、横井裕大使と会見懇談しました。また、自治体国際化協会の北京事務所開設20周年記念式典に出席し長野県と中国の交流の状況を紹介しました。

 11月1日は天安門広場と故宮博物院を参観しました。中国共産党の第19回大会が開かれた人民大会堂や天安門を写真に収めながら故宮見学に向かいました。故宮は人波みに埋まっていて、迷子にならないよう、声かけあって中軸の直線コースを進みました。太和門をくぐり抜け太和殿を目にした感動は皇帝権力はすごいの一言です。

 知事・会長一行は中国人民対外友好協会表敬に向かいました。宋敬武副会長との懇談では中国人大学生のインターンシップなどを巡って意見交換し将来に向けて、農業分野や理科分野の受入れ協力についても話し合っていきたいと述べました。
 
 会場を好苑建国酒店に移して、中国人民対外友好協会・中日友好協会主催の歓迎昼食会が全団員出席して開催されました。宋副会長が一行を熱烈に歓迎し、長野県と県日中友好協会が官民提携して、地方民間交流に成果を上げてきたことを称賛し、今後の一層の活躍を期待しますと述べました。阿部知事は心のこもった歓迎に感謝するとともに、2022年の北京冬季オリンピックに長野県として官民提携し様々な協力をしていきたいと述べました。高波会長の音頭で、長野県と中国との一層の協力発展を願って乾杯しました。中日友好協会の友人となごやかな懇談が交わされ思い出に残る昼食会となりました。

 午後は、頤和園を参観しました。西太后が海軍予算を流用して磨き上げたこの人工の湖と築山、一連の建築群は、世界遺産に登録されており人々でにぎわっていました。西太后の居室を見てから絵画に彩られた回廊を進み中心まで進んで一休み、面前に広がる昆明湖は人造の湖で深いところは11メートルあると聞きました。振り返ると萬寿山、これも築山で見事な楼閣が山頂に立っていました。後世の私たちがこうして歴史文物としてこれらの史跡を見ることができるのは絶大な皇帝権力のなせる業なのかもしれないと思い、ふと西太后の顔を思い浮かべました。

 11月2日早朝、3日間お世話になった長富宮飯店を離れ、北京空港に向かいました。張孝萍部長、董丹丹さん、呉虞さんの熱心な心遣いと案内に感謝しお別れしました。