創立60周年記念誌 『虹の架け橋Ⅳ』発刊にあたって
昨年来、60周年記念誌の発刊が決まり、数回の編集委員会が開催され、記念誌の構成が話し合われ、理事会の承認を得て編集作業がすすめられてきました。4巻目にあたる本巻は、創立30周年の際発行された第1巻、40周年の第2巻、50周年の第3巻を引き継ぐもので、主としてこの10年間、2006年から2016年の間の県協会の活動を取り上げています。併せて、80余名の皆様からご寄稿いただきました。友好活動の現場に身を置いて実感したこと、友好への思いをそれぞれのお立場で記していただいています。協会の活動をより立体的に把握していただけるのではないかと思います。
21世紀におけるIT機器の発展は目覚ましく、10年前のことも、昨日のことと同じようにデジタル情報として文書画像に記録されていることは、取り出しが可能で、鮮明に目にすることができます。県協会10年の歩みは、ホームページ「長野県日中友好協会のホームページにようこそ」から、いつでもだれでも取り出すことができます。デジタル情報として記録されたことは、それを消去しない限り新鮮な鮮度で目にすることができるのです。
しかし、落とし穴もあります。コンピューター依存症ともいわれる、いつでも取り出せるがゆえに記憶を機器に預けてしまいじっくりと反すうしその意味をかみしめ、自らの血肉化することができなくなる弊害も出てきます。またあまりに多くの情報が乱雑に飛び交い、真に必要で大切なものが埋もれてしまことも多くなっています。
10年間の協会の活動を一冊の本に凝縮することは、もとより至難の業ですが、こうして紙面に定着させ、身近において親しめる形にする意味はやはり大きいと思います。冒頭のグラビア写真を見て、あの時の情景を思い出す、そしてともに汗を流した友の顔を思い出し、明日への勇気をみなぎらせることもできるのです。
10年を振り返るとき日中関係は、まさに大波乱の時代でした。やっと靖国問題から脱し、「日中の戦略的互恵関係」が高らかに謳われた一時は、数年で終わり、やがて尖閣問題が暗い影を落としていきます。かつて日中関係を築いた有能な政治家はこの問題を実質棚上げし、後の世代の賢明な処理にゆだねました。パンドラの箱を開けてしまった中で両国関係は大変な困難に遭遇しました。両国民間の親しみの感情は大きな打撃を受けました。両国関係の重要性を理解する人は8割、でも親しみを感ずる人は2割、大変残念な数字です。中国の大きな躍進と日本社会の停滞の中で、日本と中国の立ち位置が激変し、中国脅威論ややっかみの感情も底辺にあると言われています。また日中関係は、日米関係と無縁では存在できません。日本は最大の貿易相手国であり、歴史文化の影響を強く受けてきた13億の隣人と可能な限りの英知を集め仲良く付き合っていきたいものです。両国の仲たがいで第三国が笑っている情景は放置できません。
60年は、還暦であり、一巡した響きがありますが、私たちは新たなスタートに立って後継世代の養成や過去の教訓を生かした日中関係の安定的平和友好協力のために努めていきたいと思います。この本が、友好協会の友好実践が県民の共通の財産として受け継がれていく役割を果たしてくれるとすれば大変喜ばしい限りです。
多忙な友好活動の合間を縫って、短期間で編集されたため、不十分なところが多々あると思いますがお許しください。
最後に、ご寄稿いただいた皆様、協賛広告にご協力いただいた企業団体の皆様に感謝申し上げます。特に、臼田活版㈱の中澤道保会長には専門的立場から種々ご指導いただきました。グラビアページをカラーにと強く進めていただいたことも結果的によかったと感謝しております。吉岡弘海次長にはきめの細かい校正ご苦労様でした。多くの皆様のご協力をいただき、60周年記念誌を発刊できましたことを心より感謝申し上げます。
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