東京の中国留学生20人が信州でホームステイ(7/26〜28)

 県日中友好協会は毎年(財)日中友好会館・後楽寮が派遣する中国留学生を2泊3日のホームステイで受け入れています。今年は、大震災で2ヶ月ほど帰国していた留学生が多かったため講義やレポート提出に追われ参加者は20人でしたが、7月26日から28日まで14地区協会で受け入れました。

 26日長野駅に降り立った8名の留学生は、西堀理事長はじめ18名の皆さんの出迎えをうけました。長野オリンピックエンブレムの前で、対面式を行い受け入れホスト家庭の皆さんと握手しながらお互いに紹介しあいました。全員で記念撮影した後、各地に出発して行きました。市町村長さん表敬懇談、歓迎会、地域の名所や産業施設、ホスト家庭での語らいなど有意義な3日間を過ごし、再び長野駅に参集した皆さん本当にニコニコと打ち解けて楽しそうでした。

 長野滞在中の中国国際放送局日本語部の劉非さんに短い時間で留学生の皆さんに感想を聞いていただきました。

〇野沢温泉村にホームステイした早稲田大学の劉剛峰さんと東京大学の姜凱さんは二日間笹岡洋一様のおうちで美味しい日本料理を賞味し、暖かい温泉につかって、マレットゴルフを体験して楽しい時間を過ごしました。東京に戻る日には野沢温泉の「湯」文字のTシャツを着ており、「ホスト家庭の手厚いもてなしが忘れがたい」と感想を述べました。

〇上智大学に留学している慕小武さんは今回飯綱町の鈴木和彦様のおうちにホームステイしました。中国河南省の出身ですが日本料理に対しては全然抵抗なく美味しく食べたそうです。また、鈴木さん一家のご案内で北沢美術館や小林一茶記念館など文化のゆかりのあるところのほか、リンゴ園などの農場やスキー場も見学しました。「とても楽しい時間を過ごした」と言いました。

〇28才のヌルグリエリさんはウイグル族の女性で、今東京医科大に留学しています。今回は千曲市の島田孝子様のお宅でホームステイしました。彼女も日本料理が大好きで、「とても美味しい」と語りました。滞在した二日間、美術館や中野市のバラガーデンを楽しんでいました。「長野に来て本当に良かった」と感想を述べていました。

<日中友好会館だよりNO.267号に掲載された東京大学・東洋文化研究所留学生の那仁朝格図さんの感想文を紹介します。>

 2011年7月26日から28日まで、私と劉朝陽さんは長野県伊那市の小原茂幸先生のお宅へお邪魔してホームステイをしました。短い3日間でしたが、伊那の人々と美しい大自然が、私達にとって忘れられない、いい思い出になりました。
 26日の午後1時半に新宿駅からあずさ17号特急に乗って3時半ごろ岡谷駅に着きました。日中友好協会伊那地区本部の三澤一志局長が出迎えに来てくださいました。それから、車に乗って伊那市へ行き、途中三澤さんから地域の歴史、人物、山川などについていろいろ教えていただきました。三澤さんの話を聞いて、やさしくて、ユーモアにとんだ方だと分かりました。目に映るのは美しい自然と緑の世界。見渡す限りの稲田、高い山岳が霧の中で神様のように見えて、天竜川がくねくねと続き、太平洋へと流れ込んでいきます。この美しさに酔って、ここは人間仙境、「世外桃源」のように思いました。
 車で大体一時間くらいで伊那市に着きました。ホストファミリーの小原先生と母親の小原明石(83歳)さんが市役所の前で私達を待っていました。あいさつの後、市役所の会議室で白鳥孝市長に会いました。白鳥市長のお話によりますと、伊那市は長野県の南部に位置する伊那谷北部の市であり、平成18年(2006年)3月31日に、旧伊那市と高遠町及び長谷村が合併し、新たに伊那市となって、面積207.64km2、人口はおよそ7万人。東に南アルプス、西に中央アルプスがそびえる中、中央部を北から南に向かって天竜川が縦断して、南アルプスの塩見岳東峰(3052m)が一番高いそうです。特に高遠の桜と信州のお蕎麦は日本で一番有名で、伊那市は平成6年(1994年)11月22日に北京市通州区と友好都市を締結したことも分かりました。座談会の後、市長と写真をとり、地元のテレビ局のアナウンサーからインタビューをうけました。街に対するイメージはどう?とかいろいろ聞かれましたが、日本語がまだまだ不自由なものですから、言いたいことが充分表現できなかったのは、今回の訪問の唯一の残念なことでした。最後に、市長からイーナちゃんという可愛い伊那市のイメージキャラクターをプレゼントとしていただきました。
 市役所を後にして、日中友好協会伊那地区本部の小坂樫男・名誉会長(元市長)、竹松成就・理事長、有賀士郎・理事、北原正男・理事、三澤一志・事務局長、小原茂幸・事務局次長、小原明石さん、山崎大行・市企画情報課長さんたちと信州INAセミナーで歓迎会に参加して、いろいろ交流をしました。それから、6時ごろから懇親会でした。懇親会で皆歌を歌って楽しかったです。
 8時ごろ小原さんの奥さんの車に乗って、駒ヶ根市にあるお宅へ帰りました。おじいさん、おばあさん、小原先生と奥さんが4人で暮らしている家族です。二人の子供さんは松本と北海道の大学で勉強しています。小原先生は1953年生まれ、法政大学経済学部卒。伊那自動車研修所で合宿教習・宿泊・結婚式場等の立ち上げ運営に携わり、現在業務執行役員営業部長。日中友好協会事務局次長のほか、駒ヶ根市環境市民会議座長、「駒ヶ根花と緑と水の会」事務局長等を務め、地域活性化にも積極的に取り組んでいます。
 27日の朝おばあさんと奥さんの作った美味しい朝食を食べてから、雨の中で小原先生と中央アルプスの駒ケ岳(2967m)まで登りました。岳の上に雪があって、天に届くほどの大木、渓谷などたくさんありました。山を下りてから、天竜川に行きました。昼ご飯の後、小原先生は午後仕事があるので、その代わりに三澤先生が来て、寒天パパ工場、高遠城址公園、伊那市立高遠町歴史博物館、美和湖ダムなど伊那市のあちこちに案内してくださいました。市に戻ってから、小原先生の勤めている伊那自動車教習所を見学しました。午後5時ごろ小原先生のお宅に帰って、おじいさんご自身で作った野菜、花、池、家畜を観賞した後、小原先生と一緒に温泉へ行きました。温泉に入って、一日中の疲れが取れました。すごく気持ちよかったです。温泉に入ることは人間にとって、世の中でこの上ない幸せですね。
 夕食のとき、おばあさんと奥さんがたくさんの食べ物を作りました。おじいさんの小原秀拡(85歳)さんは元駒ヶ根郷土研究会の役員で地元の歴史・文化の研究で活躍して、功績が極めて顕著な方です。中国の文化と日中仏教交流史にとても趣味があって、「日本の文化の源は中国文化」と言われました。皆一緒に歌を歌って、踊りを踊って楽しい時間を過ごしました。小原先生の家族は皆優しくて、日中友好交流のために自分の愛を捧げています。
 28日の朝食の後、おじいさんの小原秀拡さんが自分で車を運転して、大雨の中で光前寺という千年歴史がある古いお寺を案内してくださいました。小原さんはこのお寺の専門家です。お寺と民間慣習についての論文も発表されたそうです。10時ごろ、小原先生の家に戻って、そこからご家族と別れました。雨の中で、母親の小原明石さんが涙を流し、車が見えなくなるまで見送りした姿にとても感動させられました。帰る途中、小原先生が、駒ヶ根養命酒工場、信州大学湖農学部の「食と緑の科学資料館」、仲仙寺、諏訪湖を案内してくださいました。午後3時半ごろ小原先生と別れて、電車に乗って東京に戻りました。夢見たいな3日間でした。
 短い3日間でしたが、日本の歴史と文化、人々の豊な生活、お客に対するあたたかい気持ちなどを充分感じられたと思います。中日の永遠の友情は民間交流にあります。私はその友情のために頑張ります。
 さようなら、神様の故郷、さようなら、イーナちゃん!



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