小泉首相の靖国参拝に異議あり

 元旦に小泉総理は靖国神社を参拝した。実に首相就任以来4度目の参拝である。昨年末、8月15日参拝説が流れていたので、その事を考え合わせると、一番影響が少なくて済むと1月1日を選んだ高等戦術だとの見方もあった。しかし、2月10日衆院予算委員会では、靖国神社にA級戦犯が合祀されていることについて「抵抗感を覚えていない」と述べた。こうなっては、もう弁解の余地はない。彼は大局的な国益というものを考えていないのかと怒りを覚える。東北アジアの平和や繁栄のために日中両国が真に信頼関係を深めて協力していくべき大切な時であるのに、実にもったいない、じれったい限りだ。
 胡錦涛指導部が、新思考外交を展開し偏見なく日本との関係強化を望んでいても、中国国内での国民的な日本批判や非難(日本に侵略され多くの災禍を被った中国の人々から見れば当然のことだが)の材料を与えていてはうまく行かなくなってしまう。国交正常化30周年や平和友好条約25周年祝賀も民間では多くの人々が参加し、多くの政府関係者・議会関係者も努力したが、最高首脳の相互訪問はなく、不完全燃焼でもやもやした空気が立ち込めていた。西安留学生事件、広東省買春事件、チチハル旧日本軍毒ガス事件等の度に反日機運が吹き出るのも、小泉首相が再三再四にわたって、批判や忠告を無視してA級戦犯合祀の靖国神社参拝を行っていることと無関係ではない。善隣外交は内輪の理屈だけではうまく行かない。相手の気持ちも考え、尊重するのでなければ相互信頼も生まれない。小泉首相のやり方はまるで子供のやり方だ。自分がこう思っているんだから周りも相手も理解してしかるべきだという理屈だ。さすがに中曽根元総理も見かねて、2月15日のテレビで(具体的な根回しにも言及して)「日中関係を打開するためA級戦犯の分祀を」提案している。
 今や日中両国は往復貿易額1300億ドルの時代に入り、相互補完の関係は歴史上かつてなくまた国際社会においても極めて重い比重を占めている。日中関係はどうなってもいいんだと考えているなら、首相の資格はない。
 また、彼の日米同盟一本槍路線、単辺主義はアジアの視点が抜け落ちていて危なっかしい。これもまた思い込んだら一直線、政治の劇場化といわれるゆえんだ。「劇場民主主義」と野中広務氏は警鐘を鳴らした。リベラルな戦中世代の政治家が、表舞台から去ると、戦争体験のない一部若手議員が威勢の良い、歯切れの良い、好戦的な、わかりやすいアジ討論をテレビ・雑誌で雨あられのごとく浴びせている。「観客席にいる庶民」からは単純明解でわかりやすくて面白いかもしれないが、これでは日本が危うくなる。ニューライトの連中は右傾思潮の波に乗って、リベラルな思潮に猛烈な攻撃を仕掛けて、言論戦において勝ちを収めているという現況がある。1年余りにわたって朝から晩まで北朝鮮による拉致問題のニュースが流れ、また一昨年の9.11テロ事件以来、テロとの戦いが喧伝された結果、戦争と平和に対する国民的なバランス感覚がおかしくなり、いわゆる「社共」だけでなくリベラルな思潮までもが急速にしぼんでしまった。イラク特措法も、自衛隊のイラク派遣も更に今や憲法9条の改正までも具体的日程に上ろうとしている。
 昨年末、「映像の20世紀」をNHKで見た。第一次大戦、ナチスドイツの急速な台頭と第二次大戦、その歴史の教訓を我々は涙なくして見ていられない。今、その再来を願うものがいるとしたら、座視しておれない。歴史はある日突然気がついてみたら、大きく変わってしまっていたということがある。今がその時なのかと憂いている人も少なくない。
 平成天皇が昨年12月23日の70歳の誕生日にあえて日中戦争や2.26事件などの昭和初期の史実に言及し、「私ども皆でこのような過去の歴史を十分理解し、世界の平和と人々の安寧のために努めていかなければならないと思います」と述べられた。平和天皇として常々「歴史を踏まえ平和を」と訴えて来たが、国民が第二次大戦に巻き込まれていく過程の数々の事件を具体的に列挙することで平和への思いを強くにじませたと受け取られている。
 一つ当時と大きく異なっているのはアジアの情勢だ。当時中国は、半封建・半植民地の状況下、列強の侵略のえじきとなっていた。中国の独立と発展、韓国の独立と発展、アジア諸国の独立と発展は、平和にとって強い基盤を提供しているし、戦争を防止する大きな力にもなっている。
 バブル崩壊後に生まれた自虐の裏返しとしての自国優位主義・民族拝外主義の思潮は、第二次大戦前のファシズム誕生の風土を思い起こさせるが、この風潮を喧伝する連中も盤石ではもちろんない。新しい歴史教科書をつくる会はみじめな失敗をなめた。その後、彼らは対米追随派と反米独立派に分かれたと見られている。ネオコン主導のブッシュ政権もいつまでも続くとは限らない。覇権主義の道はいずれ必ず破綻することは歴史の教えるところだ。小泉首相もアジアに視点を置いた21世紀にふさわしい路線に転換すべきだ。友好協会は明年創立55周年を迎えるが、先人の切り開いてきた努力の結晶を受け継ぎ、21世紀を日中の平和・友好・共生の世紀とするためねばり強い歩みを続けたいと思う。
               2004.2    布施 正幸 (長野県日中友好協会事務局長) (「日本と中国」3/25号に掲載)

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