最終更新日:1999年3月31日
 ラリーって何?
 ラリーとは、モータースポーツの一つで、大抵の場合、1台の車にドライバーと ナビゲーター(コドライバーとも言う)の2名が乗って、正確さやスピードを 競います。

 コースは、主に一般公道を使用し、普通の舗装道路から極悪路の林道、砂漠 (国内では勿論ありませんが。)、氷雪路やレースに使うサーキット等、多種多様な 路面と戦うことになります。

 パリダカールとか、サファリラリーをご存じの方は結構多いと思いますが、 日本国内でもラリーはやっているんです。国内のラリーは、法規の問題や、 車への感情、文化の違いもあって、諸外国のラリーとはかなり異なります。


昔々のラリー車、その1
1973年、第15回日本アルペンラリーに参加のギャラン16L
(大崎家の2台目のラリー車です。ちなみに初代はマークツーでした。
驚くかもしれませんが、初代のコロナマークツーは国内外のラリーで
結構活躍したんですよ。)

 この頃のラリー車は、ソレックスやウェバーといったキャブレターを装着した、 いわゆるフルチューンでした。ドライサンプのセリカなんてのも堂々と 走っていました。それでもせいぜい150馬力(グロス)程度ですから、 今のラリー車とは比べ物になりませんね(今はノーマルでも280馬力(ネット) ですから。)

『競技内容』

 国内ラリーの競技は、リライアビリティーラン(タイムラリーとも言う)と スペシャルステージ(SS)で、構成されています。
 かつては、富士〜霧島4,000kmラリーとか、日本アルペンラリー (1,500〜3,000km)と言った長距離のラリーも行われていましたが、 現在日本で行われているラリーは、1日から2日間で100〜400kmを走ります。

リライアビリティーラン:
 主催者により指示された速度で走行し、その正確さを秒単位で競います。

 コースはほとんどの場合、一般公道で、事前に公表されません。また 通過時刻を調べるためにチェックポイントが置かれますが、その数、場所も 公表されません。

 そのため参加者は常に一定のスピードで走行し(これをオンタイム走行と 言います。)、いつ現われるかもしれないチェックポイントに備えなければ なりません。
 多くの場合、ナビゲーターの腕の見せどころとなりますが、競技会のレベルに よっては、かなりなハイスピードを要求される事もあります。

スペシャルステージ(SS):
 タイムトライアル区間で、走行時間がそのまま減点となります。

 コースは占有された林道や私道、サーキット、ジムカーナ場、ダートトライアル場、 カートコースと様々な場所、路面で行われ、当然、ドライバーの腕前、車の良さが 問われます。
上級向けのラリーほど、スペシャルステージの比重が高くなります。


昔々のラリー車、その2
1975年、DCCSウインターラリーに参加の初代ランサーGSR(A73)
群馬県、赤城山の雪のSSにて。
(大崎家の3台目のラリー車です。この後、A73ランサーを3台乗り継ぎました。)
 この頃はエンジン本体への改造は許されていましたが、キャブレターの交換は 許されませんでした。排気管の変更もOKでした。
 足回りへのピロボールの使用が始まったのも、この頃で、ロアアームの延長や リーフスプリングの車へのトルクロッドの追加、なんて事もやってました。

『参加車両』

 ラリーに参加するには、それなりの車が必要になります。

 参加車両は、日本自動車連盟(JAF)によって、車両規則が定められています。 勿論、この規則に合致さえすれば、普段乗っている普通の車でも参加できるのですが、 よほどの初心者向けのラリーでもない限り、参加は出来ても入賞はおろか、完走すら おぼつかないでしょう。

 ラリー用に改造される主な点を簡単に御紹介しましょう。もしゼロから始めると すると、軽く100万円以上かかりますので(車本体以外に)、あまりお手軽な 遊びとは言えませんが。

安全関係

ナビゲーション関係 ガード関係 足回り関係 駆動関係  国内のラリーでは、エンジンと変速機の改造は許されていません。

昔々のラリー車、その3
1982年、ALCコスモスラリーに参加の初代ランサーターボ(A175A)
(大崎家の7台目のラリー車です。ちなみに6台目はKP61スターレットでした。
ドライバーは私、大崎光です。)

 この頃からターボ車が続々とラリー界に登場してきます。エンジンの改造は、 吸気から排気管に至るまで、もう数年前から禁止になっていますが、それでも 135馬力(グロス)のパワーとターボエンジンの強大なトルクは、当時としては 圧巻の加速力を発揮しました。
 クロスミッションや足回りへのピロボールの使用は認められていて、エンジン 以外への改造がピークに達した時期です。(足回りへのリンクの追加は禁止されました。)
 ラリーコンピューターも2、3年前から一般的になって、手動計算機は姿を消しました。

『参加するには?』

 ラリーに参加するには、競技ライセンスが必要になります。

 ドライバー、ナビゲーター共、日本自動車連盟(JAF)の発行する国内B以上の ライセンスが必要になります。ライセンスは、JAFの会員になって、数時間の講習会を 受講すれば簡単に取得出来ます。

 更にライセンスの更新時には登録クラブの印が必要ですし、ラリーの参加申込時に クラブの推薦が必要な場合もある為、JAFの登録クラブに入会する必要があります。


昔々のラリー車、その4
大崎家の8台目のラリー車、EP71スターレットです。
(1985年関東ラリー選手権ミドルシリーズ最終戦、 CATSセミナイトラリーのスタート風景。
このラリーとEP71最後のラリーとなったJMRC東京クラブ対抗ラリーで二連勝して、有終の美を飾ることが出来ました。)

 この翌年、1986年にラリー規則、ラリー車両規則が大きく変わり、殆ど改造が認められなくなってしまいました。その意味で1985年はラリーの一つの時代が終わった年とも言えます。

『ラリーの走り方』

 ラリーでは、いわゆるドリフト走行を多用します。

 ドリフト走行は、必ずしも、速く走る為にベストの走り方とは限りませんが、 ある程度の腕前があれば、グリップ走行よりも安全にタイムを出せる走り方です。 (勿論、閉鎖されたコースでの話で、一般公道では論外です!)

 下の写真(雪道のSS、右ヘアピンコーナー)で、説明しましょう。(古い写真で、ごめんなさい。)

 (写真1)コーナーへのアプローチです。

 車は完全な直進状態で、加速中です。
 この写真と次の写真との間に、減速、ハンドルの切り込みを行います。

 コーナーの感じを掴んで下さい。

(写真1と写真2との間にもうワンカットあると、もっといいんですが。)


 (写真2)車の姿勢が決まりました。

 減速、ハンドルの切り込みを終了しています。
 ハンドルはほぼ直進状態になっていますが、リアタイヤのスライド(滑り)の為、 車はコーナーのイン側に向かって旋回しています。

(車のロールに注目して下さい。むりやりスライドさせると、ほとんどロールしませんよ!)


 (写真3)走行ラインを狙っています。

写真2の直後ですが、ハンドルはコーナーリングの方向とは反対に向いています。

(いわゆるカウンターステアの状態です。ここでも車のロールに注目して下さい。 写真2とほとんど同じロール角を保っています。アクセルはほぼ中開度で、アクセル コントロールで車の進行方向を決めていきます。)


 (写真4)コーナーリングの仕上げです。

 コーナーの出口に向けて加速体制に入っています。
 ハンドルはカウンターステアの状態ですが、コーナーリングのライン方向に正確に 向かっています。

(車のロールとリアの沈み込みに注目して下さい。!
ここで焦ってアクセルを踏み過ぎるとそのままスピン!ですよ。)


 (写真5)コーナーの立ち上がりです。

 ハンドルは直進状態になり、駆動輪のグリップの許す範囲で、フル加速しています。

(車の慣性は完全に消えて、ロールは無くなっています。 ここまでうまくいっても、あせってアクセルを踏みすぎると、車はちっとも前に進みません! 落ち着いてリアタイヤと相談しながら、ジックリと踏み込みます。)



『終わりに』

 まぁー、ざっと書きましたが、これを読んだだけでは実際のラリーに参加するのも 難しいでしょう。興味のある方は、PDやSpeedmindといった雑誌をご覧下さい。 クラブ員の募集やライセンス講習会、競技会の案内が掲載されています。

 それでもよく分からないと言う方は、私にメール下さい。お答え出来る範囲で、ご相談にのりますよ。(現役を退いてもう 10年以上たつので、あまりアテにはなりませんが。)


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