トールドアーマー「トランディ」

第4話「トリエスタの悪夢」

 AREA1
 「支社長」




 エルファにおいて、キラードールの現れる危険地帯は一般的に「アウターワールド」と呼ばれている。7年前、12発の核弾頭が生み出した広大な地獄の世界だが、戦争終結後の再生計画によって中和剤の散布が行われ、現在では数種類の生物が存在する「不毛の砂漠地帯」にまで再生された。人々が1からのやり直しを試み始めた6年前、その初めての開拓団を、現れた1体のキラードールは壊滅させてしまった。人がこの「他の世界」を本当に捨てたのは、それからになる。

 現在でも永続している多くの都市、並びに周辺地域はこの「第1次遺跡大戦」の影響を、「食料の供給が不自由になった時期」程度にしか認識してはいない。キラードールが現れてからなら半年、大戦の期間においては約1ヶ月。あまりに短い、しかも都市の遙か彼方で行われた戦争はエルファの都市近郊に住んでいた人々に「戦争」という意識を持たせ得なかったのだ。元々都市の自給などあり得ないわけで、また農耕地域が消滅したからと言って「都市の商社」が消えたわけではない。彼らはすぐに他星からの星間輸入に切り替えた。そして都市同士を結ぶ「ビクトリーロード」には過去7年の間、何故かキラードールが出現したことはない。人が住む地域の安全は、何故か確保されていたのである。

「だからキラードールがビクトリーロードに現れたことは黙ってろ‥‥。そう言いたいんですか?」

 アーリーの返答に、エドワードは口元に笑みを浮かべてうなずいた。コーヒーをソーサーに戻し、視線を上げる。ライズのリビングルームの中、目の前に座る青年は納得しきれていないらしい。この出来の悪い生徒には、いつも手を焼いているのだ。

「君は事の重要さを理解していないのかね? 君はもう一般人ではないのだ。君の一言がマスコミに、どう取り上げられるかわからない。それが何を呼ぶかもな」
「襲われたのは事実でしょう? アウターワールドで襲われたのとは訳が違う!」
「だがトランディ1体で倒せたのだ。すでに脅威ではないよ‥‥。出現率も限りなく0%に近い。平和に暮らす一般市民に、余計な不安を与える必要もあるまい?」

 エドワードはこの時、あえて真実はずらしていた。GF−Eクラスをダイナモで制覇したアーリーの腕前とミアのプログラム。この二つが無ければトランディといえど勝てたかどうか解らない。だが「必要とされる効果」には、この二つはあまり重要ではなかった。アーリーは複雑な顔で、カップを弄んでいた。

「‥‥勝てたのは、トランディだったからですよ」
「その通りだ。アーリー、ラグナスが何のためにトランディを作ったと思っている? ここから先は、つまりビジネスの問題なのだよ」
「下手に情報流して、他のメーカーに潜在市場を取られたくないってコトさ。都市部には今までTAは必要なかったが、これからは解らない。アーリー、ちょっと鈍いんじゃないか?」

 そう答えたのはリックだった。窓辺に立ち、一人優雅にコーヒーをすすっている。遠くに見える林立するビルの風景が窓の外を流れていた。彼は目を細めた。

「テスト機の役目はデータ収集だ。それは次の機体にフィードバックされる。キラードールはそいつが相手をしてくれるよ。俺達広告塔はただ、与えられた機体でTGに勝てばそれでいいのさ」
「次の機体って‥‥。まさか、トランディの?!」

 エドワードが面白そうに目を細める。

「正確にはトランディの『最終仕様機』だがね。トランディの戦闘データのおかげで、ようやく量産にこぎ着けた。思った以上の出来になったと、技術部が喜んでいたよ」
「トランディの‥‥、量産機‥‥?」
「それを今のうちに、軍かバウンティハンター達にでも売り込もうって算段でしょ? キラードールはビクトリーロードにも出現し始めたが、この機体なら1体で勝てる。値段はお手頃‥‥、かな?」
「まだ幾らかコスト高なんだがね。なに、その辺は腕の見せ所というものさ。販売部の連中も張り切っている。安くて性能の悪い物よりも、遙かに売りやすい商品だからな」

 驚くアーリーを前に、エドワードが立ち上がった。リックがそれを目で追う。気がついたように、彼は振り返った。

「本社に戻ったら、二人には支社長に会ってもらう。『例の件』で、ジックス様が直々にお話下さるそうだが、仮にもフィリス様のお父上だ。くれぐれも、そそうの無いようにな?」
「だ、そうだぜアーリー?」
「‥‥俺に振るなよ」
「リック! そろそろ『トリエスタ』に入るのだろう? いつまでも油を売っていて良いのか?!」

 エドワードはリックを睨み付けて、やがてオートドアの向こうへと消えていった。



『ガイドアンカー正常稼働中。同調信号伝達します。ライズ、同調願います』
「了解、ガイドアンカー同調完了。‥‥捕まえた。後は任せる」
『了解しました。ライズ、正常にホールドポジションに移動中‥‥。固定します』

 鉄で覆われた、高さ30mはあろうかという巨大なドーム型の空間に、ライズはゆっくりと吸い込まれてゆく。やがてその後ろでハッチが閉まり始め、HFS(ホバーフライトシステム)の巨大な駆動音がその空間を埋め尽くした。ライズの駆動音が消えたその空間に、しばらくして昇降ハッチの開閉音が鳴り響く。エドワードに促されて先頭を歩くフィリスが、集まった現地スタッフに手を振っていた。盛大な拍手が、タラップに現れた人々を出迎えた。彼らの携わったTAが今、初優勝を手土産に帰ってきたのだ。

「うっわー、いっぱい働いてるんだぁ‥‥!」

 沢山の荷物を抱えてタラップを降り始めたミアは、あまりにも広い空間と集まった人々の多さに思わず感嘆の声を上げた。ライズなら4台は収容できそうなそのメンテナンス:ドックは、ラグナスの「ラグナス:セカンド:ファクトリー」の敷地内ではそう巨大な建造物でもない。トリエスタの郊外にあるこの施設はTA専用の開発/生産拠点であり、一般重機開発、生産用のファースト:ファクトリーと比べれば、約4倍程度の広大さを持っていた。だが植民を始めた当初にラグナスが買い占めたこの敷地も、現在ではTAの生産とテストを兼ねる施設としては幾分手狭になったとエドワードは言っていた。

「それだけTAが必要とされている状況ってのも、どうかと思うがなぁ」

 リックの言葉に、アーリーも素直に頷けるところがある。だがまだ、キラードールに対抗できる兵器はTAしかなかったのだ。

「キラードールはそれだけ恐ろしい存在だって事さ。俺だってトランディでなけりゃ、あのとき勝てたかどうか‥‥」
「それが現れないビクトリーロード、そこに依存する人々‥‥。『勝利の道』か。どっちの勝利か、解ったもんじゃないな」
「‥‥‥」

 アーリーがタラップをおり始める。歓声に黄色い声が混ざり始め、音のボリュームが1メーター上がったような気がした。よく見ると集まった人々の中には作業着の女性に混じって事務員姿の女性社員も多くあり、それが自分の方を向いている。アーリーは予想外の事態に息を飲み込みつつ、立ち止まった。

「羨ましいねぇ、アーリー君? すっかり人気者じゃないか」

 リックが肩に手をのせる。そのままちゃっかり女性社員に手なんか振りながら、リックはアーリーを促した。脂汗を流して降りてきたアーリーをその一群が取り囲む。黄色い質問攻撃の中でパニックを起こしかけているアーリーとは対照的に、リックの落ち着きぶりは歴戦の覇者といった風格を醸し出していた。

「フィリス様、まずはジックス様にご報告を‥‥。今回の成果、きっとお喜びのことでございましょう。後の事は私めにお任せを。さ、早く」
「‥‥フィリスさん、いこ?」
「そうね‥‥」

 エドワードはどこか「してやったり」という顔をして男達の方を見ていたが、今のフィリスにはそれに気がつく余裕が無かった。ミアもあまり機嫌の良さそうな口振りではなかったが、振り返るとリックの視線と目があってしまった。いつも通りのその顔へミアは思いっきり「あっかんべー!」とした後、きびすを返して歩き出す。困った顔のアーリーにフィリスは軽く頭を下げたが、歩き出した後ろで誰かが質問している声が聞こえた。彼の返答は、聞こえなかった。

「ねえねえアーリーさんてさ、今好きな人っているの?」

 返答を聞かないようにしていた自分は、誰かに嘘をついているような気がした。



 「支社長室」と書かれたプレートの部屋は、そのビルの中では最上階に位置していた。トリエスタでクリスタルウッドと呼ばれる区域は多くの企業が高層の自社ビルを持っている場所で、トリエスタの経済において、エルファの経済においては中心地とも言える区域である。ビルの殆どが全面をガラスで覆う工法で作られていた為にいつの間にか「水晶の林」と呼ばれるようになったのだが、「ラグナス統括支店」はその中では控えめな印象のビルだった。だが作りの良さ故に逆に目を引く建物であり、ラグナス:セカンド:ファクトリーのどこか野粗な印象も、20km離れたこの場所には全く感じられなかった。

「報告は、エドワードから受けている‥‥。素晴らしい成果だった。ご苦労だったな」
「は‥‥、はい。有り難うございます、お父様‥‥」
「サテライトはどうだ? リーダーとして」
「皆、とてもよくやってくれています。有能な人たちばかりで‥‥。私は殆ど、何も‥‥」
「フィリス」

 広い室内に響いたその呼びかけに、うつむきがちだったフィリスは思わず顔を上げてしまった。五〇になろうという男の顔がまっすぐにフィリスを見つめている。父親ジックスの顔は以前よりも険しさが増しているような気がして、フィリスはびくりとして目をそらした。父は自分を叱った事がない。ただこうして、諭すだけだった。

「組織の長たる者はな、何かが出来る必要はない‥‥。何を選び、何を決めるかでその人間の質が決まる。お前は全て上手くやった。卑下する必要はない」
「運が‥‥、良かったのです。私はただ、助けられてばかりで‥‥」
「今の仕事が嫌なら、もう一度大学に戻れ。無理強いはせん」

 何の感情もない言い方だった。フィリスが驚いてそれを否定しようとしたとき、机に添えられていたインターフォンが鳴り始める。受話器を取った父親は微笑みを浮かべていた。エルファに来てから、自分には決して向けられた事のない微笑みだった。

「わかった、通してくれ‥‥。フィリス、今日は家に帰れ。ばあやも心配している。久しぶりに顔を見せてやるといい」
「あの、お父様は‥‥」
「仕事が終わったなら帰る。来客だ。すまないが席を外してくれないか」

 フィリスはそれ以上何も言えなくなって、頭を下げた。振り返り、出てゆこうしたその扉が不意に開くと、現れた秘書の一人が頭を下げる。後ろに誰か居るようだった。

「失礼いたします。バード:アルバテル様をお連れいたしました」

 後ろから現れた人物はアーマーをはずしただけの、青いバトルスーツを身につけていた。年齢ならば四〇歳程度のその男は、出ていこうとするフィリスに一瞥しただけで通りすぎた。隆々とした体格とその風貌。傷だらけの顔はどこか、今のジックスによく似た雰囲気を持っていた。



「あ、お兄ちゃん。遅かったねー!」

 エドワードに連れられて、ラグナスタワーに少し遅れて到着したアーリーとリックが待合室で見たものは、頭にリボンを付けた幼い少女と遊んでいる、ミアの姿だった。リボンの少女はお辞儀をした後、ミアの両手に張られているあやとりを思案げに眺めている。上手く行かずに手をかけたり離したりしていたが、とうとうミアに助けを求めた。

「お姉ちゃぁん、これどうやって取るの?」

 少女ににっこりと笑いながら、ミアはアーリーに手を差し出した。懐かしい糸の交差は、ミアがまだ小さいころに母親が教えたものである。淡い感情で記憶をたどりながら、アーリーは指で糸を絡め、交差を器用に受け取った。じいっと見ていた少女の顔がぱっと明るくなる。せがまれて、ミアはもう一度同じ交差を作り出した。

「‥‥出来た!!」

 少女の手の中で、受け取った糸の交差は二つの菱形を形作っている。自慢げに見せびらかしながら、少女はアーリーの方を向いた。感謝の意が、かわいらしいその顔に現れていた。

「おじちゃん、ありがとう♪」

 リックがさも面白そうに笑い出したその横で、アーリーは返答に窮してしまった。

「ミア、この子は?」
「お父さんに待ってろって言われたんだってさ。自分はお兄ちゃん達を待ってたし、その間ね」

 見るとエドワードが笑っている。少女も彼を知っているようだった。

「やあリサちゃん、こんばんわ。お父さんと来たのかい?」
「ううん。お兄ちゃんもいるよ?」
「エドワードさん、この子のこと知ってるの?」

 ミアの問いに、エドワードがふっと微笑んだ。リサという少女にとって、あやとりは珍しい遊びらしい。一人でいろいろと引いたり離したりしているうちに、こんがらがってしまう。

「知り合いのお子さんだよ。この子はリサ:アルバテル。もう一人は‥‥」
「あの‥‥、飲み物買って来ましたけど‥‥」

 エドワードが名を言いかけたその後ろから、両手にコーラとオレンジジュースを手にした一〇歳くらいの少年が、控えめに声を掛けてきた。コーラとそのおつりをミアに差し出し、オレンジジュースをリサに手渡す。皆に頭を下げる少年の名を、エドワードは笑いながら紹介した。

「‥‥この子が、クレイ:アルバテルだ。ようこそ、クレイ君」
「どうもこんばんわ。お久しぶりです」
「ねえクレイ君、自分の分は?」
「‥‥僕は、いいです」

 ミアのおごりとはいえ、紙コップであれば両手で三つは持てない。「ありがとうございます」と頭を下げる少年だったが、ミアは自動販売機が紙コップ製の物しか無かった事に気がついた。ばつが悪そうに笑いながら「お駄賃」としておつりを渡す。おいしそうにオレンジジュースを飲んでいるリサとはまったく対照的な男の子に、ふと同情にも似た親近感を覚えたアーリーだったが、その名には聞き覚えがあった。

「アルバテル‥‥?」
「バード:アルバテルの子供達だよ。聞いたことぐらいあるだろう?」
「俺がどうかしたか? エドワード」

 アーリーが驚いて振り返ったその場所に、青いバトルスーツを身につけた四〇代の戦士が立っていた。威圧されるその風貌は紛れもない、「復讐の赤き鳥」バード:アルバテルその人だった。キラードールを狩るバウンティハンターの中でも「最強」とうたわれたその男が、今アーリーの目の前に立っていた。彼の視線がアーリーに向けられる。恐ろしいほど冷たく鋭い視線に、アーリーは息を呑んだ。

「やあバード。『Z−ARK』の調子はどうだね?」
「悪くない。例の件は、今ジックスに伝えてきた所だ。‥‥君か。キラードールと戦ったアーリー:ラグフォードと言うのは」
「あ‥‥、はい」
「命は大切にな。君はまだ若い‥‥。ではなエドワード。クレイ、リサ、行くぞ」

 歩き出したバードに、二人の子供達がぱたぱたと後に続く。リサは振り返って手を振っていた。思わず息をはき出したアーリーだったが、リックもいつもの笑顔はなりを潜めている。自分が若輩者であることを、二人は彼に会っただけで思い知らされていた。

「最強のバウンティハンター、バードか‥‥」
「おっそろしいオヤジだねぇ‥‥。子供に遺伝しなかったのは、幸いだな」

 リックの軽口もどこか控えめである。気分の良さそうな微笑みで、エドワードが向こうに見えるエレベーターに二人を促した。支社長室は最上階だった。

「ジックス様がお待ちだ。こちらも行くぞ。‥‥ミア、フィリス様はどちらに?」
「お部屋で待ってるって。用が終わったら来てくれって言ってたけど、フィリスさん、なんか元気ないんだ‥‥」
「そうか‥‥」

 エドワードの言い方は、どこか予想していた事を残念がっているようだった。やがてエレベーターがやってくる。ミアにフィリスの元へ行くよう指示した後、エドワードは二人の男を連れてエレベーターに乗り込んだ。三人をのせたエレベーターは上昇を始める。カウントアップする階層表示を眺めながら、アーリーはバードの存在に疑問を抱いていた。

(バード:アルバテルがこんな所に、何故‥‥?)

 やがて表示が40を示し、ゆっくりと扉が開く。受付の秘書が彼らを出迎え、3人を奥の部屋へと迎え入れた。広い室内に、だが人影は一人分しかない。始めてみる支社長の顔は、写真で見るよりもずっと威厳に満ちていた。

AREA1 FINAL



NEXT AREA「トランゼス」 掲載予定日01/14 (間に合ったらね〜(+_+;))

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