トールドアーマー「トランディ」

第3話「見えない心」

 AREA1
 「届かぬ銃声」



「歓迎されるべき事態では、なさそうだな‥‥」

 薄暗いその空間に人の声が反響し、それはその広さを示していた。室内に光源は無く、ただ空中に浮かぶトランディの映像だけが、彼らの姿をおぼろげに映し出している。一様に若い‥‥おそらくは三十代中盤と言うところの‥‥4人の男女が眺めているものは、先日行われたガルトスでの映像だった。炎に彩られるトランディへと向けられたその言葉に、ラキアという男がいぶかしげに呟いた。

「首脳部の意向に反してまで出してくるとはな‥‥。しかしたった一機のTAだ。それよりもこれ以上事を大きくする方が、我々にとっては問題ではないのか? 我々の介入がばれてしまっては、元も子もない」

 向かいの男、リューロンが声を上げる。

「ですが、この機体は『アトール』すら退けたのですよ? ガルトーラにしても、『アトール』の時のデータを参照して機能強化を施しました。機体性能では、勝っていたはずです」
「しかしそれも倒された。情報操作には幾分手間取ってしまったな。それほどのものなのか? その新しいBIOSというのは」
「まだ詳細は掴めておりませんが、今回の試合においてはTF(トールドファイター)の能力によるところが大きいですわね。流石にGF−Eのパイロットまでは把握していませんでしたが、こんな伏兵が潜んでいたとは‥‥。」
「うむ‥‥」

 フィレリアという女性の言葉に、年長者、アモスが呟いた。映像に映るトランディのパイロット、名をアーリーという男は、すでに彼の弟を二度にわたり退けている。どこの馬の骨とも解らぬ男が、スティアと言う自らの半身に、泥を塗ったのだ。そして大いなる計画の障害として今、彼らの前に立ちふさがっている。

「‥‥災いの芽は、紡いでおかねばなるまいな‥‥。スティアの好きなやり方では無いが‥‥」

 呟いた一言はまるで、氷のような冷たさを含んでいた。



 「第一次遺跡大戦」と呼ばれるキラードールとの戦いの結果、エルファで人の住める土地は極端に減少していた。年々再生が行われてはいるものの、どこからともなく現れるキラードールは数こそ少なくとも未だ脅威なのであり、人々の営みは一部の地域に封じ込められていると言っても過言ではない。航空機で運べる物資の量には限界があり、食料品などのかさを持つ品々の輸送はどうしても都市と都市の間を結ぶ「ビクトリーロード」に依存しなくてはならず、それを目的に無法者も現れる。場合によっては「ビクトリーロード」以外を通らねばならぬ事すらあるのだ。大戦後、この星は食料の半分を他の星に依存するようになっていた。核の影響は生活地盤そのものを脅かしている。だがあのときそれをしなかったなら、今の自分たちがいないことを、多くの人々は解っていた。人々がこの住み難い星を見捨てないのは、すでにここが「自分たちが生まれた場所」になっていたからだ。人類が植民を初めて、すでに半世紀が経とうとしていた。

 ライズが現在停留している「セルセア第2トランスポートターミナル」にはそうした、食料品を満載した大型のトランスポーターが多数停留していた。ガルトスでの戦いを終え、現在ライズはラグナス統括支店のある首都「トリエスタ」へ向かっている。セルセアに立ち寄ったのはクルー達に休日を与えるためだ。トリエスタまでは、まだ数日の日々を必要としていた。

 休日を過ごす今日のミアは、上機嫌である。セルセアの街を歩きショーウィンドウを覗く視線にも彩りが冴え、その値段を見つめてはにんまりと微笑んでいた。ガラス越しのドレスを指さすミアに促され、フィリスもついのぞき込む。普段着とはとても言えないような豪奢なドレスだったが、フィリスも思わず視線を奪われた。感嘆の声が漏れる。

「綺麗なドレスね‥‥」
「でしょー? あたしもこういうの一着くらい、もってた方がいいかなぁ?」

 にへへ、という様な笑い方をする。決して値段的に安い品物ではないが、今のミアにとっては支払えない金額ではないのである。このセルセアに到着したとき、ライズでは給料日を迎えていた。ライズの正式なクルーになったミアにも当然の事ながら規定のサラリーが支払われ、また今回の場合は特別手当も付いていた。コンバートしただけとはいえ、トランディのプログラムは彼女が作ったものだ。クルーの誰からも、それについて異論が上がることはなく、有り体に言って、今のミアは分不相応なお金を前に成金状態だったのである。フィリスは少し、困った顔になった。

「でも、ミアちゃんもう結構買ったじゃない。お金、大事にした方がいいわよ?」
「えー? そんなに買ったっけ?」
「‥‥ほら」

 フィリスが促した方向に、山積みの箱を抱えたアーリーが立っていた。箱の裏に隠れたその顔は、理不尽な暴力に耐える男の苦悩を物語る。不用意に「荷物持ち」など頼まれてはならないという教訓を、アーリーはこの時悟っていた。



「にゃはは。お兄ちゃん、ごめんね?」

 何とも複雑な顔でコーヒーをすするアーリーへ、ミアはそう言って手を合わせた。商店街の中にあるカフェテラスで休憩を取っている彼らの中で、アーリーだけが今一つ明るくない。フィリスは少し、困った顔になった。

「‥‥今度は、私も少し持ちましょうか?」
「あ、いや! このくらい持てなくちゃ男とは言えない。大丈夫ですよ」
「そーよフィリスさん。言い出したのお兄ちゃんなんだしさ」
「お前が言うなっ! 全く人の善意を利用しよってからに‥‥」
「‥‥喧嘩、しないでくださいね?」

 そう呟いたフィリスの視線は、まともにアーリーに注がれる。彼ら兄妹にとっては当たり前な会話なのだが、フィリスには「相手を揶揄し、反応を楽しむ」というコミニュケーション手段はなじみがない。本気で心配そうなその瞳に、アーリーは思わず声をうわずらせた。

「いや、あの、そう言うつもりは、別に‥‥」
「‥‥あ、照れてる。お兄ちゃんのそういうの、初めて見たなぁ」
「ば、馬鹿! 誰が‥‥!!」
「?」

 キョトンとして振り向いたフィリスの向こうで、アーリーは訳もなく慌ててしまった。顔が上気する。自分をのぞき込むにやけたミアの表情に、アーリーはすこしたじろいだ。何故慌てなくてはならないのか、自分にもよく理由が解らなかった。

「‥‥ちょっと、ごめん」
「トイレ?」
「言うなっ!」

 ミアの一言に赤面しながら、席を立つアーリーの後ろ姿はどこか落ち着きがない。不思議そうにそれを見送るフィリスの後ろで、ミアが吹き出した。



「あんな事でうろたえるとは、俺もまだまだ、青臭い‥‥」

 鏡に映る男の顔は、その自嘲に笑みを浮かべて自分を見つめていた。すでに24になる自分にはまだヘンリーのような度胸もなく、また顔つきも柔和すぎる。かつて自分をTGに誘った彼の上官は、どこかで今の自分を笑っているように思えてならなかった。フィリスは美しい女性なのであり、アーリーの反応は取り立てて不自然というわけではない。そう自分に言い聞かせてため息をつき、外に出る。カフェテラスの裏手に用意されたトイレには人影はまばらで、彼はそのままフィリス達のテーブルに向かおうとした。不意に、彼の前に人影が現れた。

「失礼?」

 アーリーの背筋に悪寒が走った瞬間、取り出されたその拳銃が、何の前触れもなく彼の胸部に押しつけられる。その銃声はサイレンサーで打ち消され、着弾の音も部屋には聞こえない。アーリーの顔が、この時激痛に歪んでいた。

AREA1 Final。



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