WordsWorth
of May
Ryuankamei
Beautiful spring field
Quoted from "Yuzan Seison"
5月の四字熟語
copy by Ko Tamura
a staff writer of zuzu creations
「遊山西村」
陸游(南宋)
莫笑農家臘酒渾
豊年留客足鶏豚
山重水複疑無路
柳暗花明又一村
簫鼓追随春社近
衣冠簡朴古風存
従今若許閑乗月
挂杖無時夜叩門
笑ふ莫かれ 農家の臘酒渾れるを
豊年 客を留むるに 鶏豚足れり
山重水複 路無きを疑ふ
柳暗花明 又た一村
簫鼓追随して 春社近く
衣冠簡朴にして古風存す
今従り若し 閑かに月の乗ずるを許さば
杖に挂り 時無く 夜門を叩かん
笑わないでおくれ 農家が師走に仕込んだ酒が濁っているからと言って
豊作だから客をもてなすのに鶏も豚もたっぷりあるよ
山は重なり川も入り組み 道は行き止まりかと思ったに
柳の茂る暗い所を抜けると パッと明るく花が咲き
そこには又一村があった
簫と鼓の音はどこまでも耳から離れないのは
春の祭りが近いから
簡素な衣服を着けて 昔の風俗を大切にしている
これからももし月明かりに出かけるのを
許して下さるのなら
杖を頼りに好きな時に
夜中に門を叩かせてもらいましょうか
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りゅうあん‐かめい
【柳暗花明】
柳は繁って暗く、花は咲いて明らかなこと。春の野の美しいながめ。
転じて、花柳街。色町。色里。
「山重水複 路無きを疑ふ 柳暗花明 又一村」
***
碧い空の下、さわやかな風にそよぐ柳。若葉が目にまぶしい柳は、なぜか白壁と瓦屋根、そして河川の流れによく似合う。川のせせらぎと共に風にさわさわとゆれる。
日本画にも中国の繪にも柳はよく登場する。その多くは涼しげな景色であると思えるのであるが、柳も茂って暗い闇を創るとなると、また話は違ってくるのかも知れない。
中国建国30周年記念の折、葉剣英委員長が「山重水復路なきかと疑う。柳暗花明また一村」という句を引いて、艱難を克服した後には前途に光明がさしているという国の状態を表現した。
1972年の秋、日中国交正常化の為、当時の田中角栄総理大臣と大平正芳外務大臣は共に北京を訪問。それは永い密接な日中関係の歴史の中においても記念すべき1頁となるのである。
7年後の1979年、内閣総理大臣として中国を訪問した大平政芳は、中国人民政治協商会議礼堂においてかの葉剣英委員長の「遊山西村」のかの句の話を再び引用したのであった。
大平正芳内閣総理大臣の中国訪問の際の政協礼堂における公開演説 (全文)
演説者: 大平正芳 北京にて 1979 年 12月 7日
新世紀をめざす日中関係 ―深さと広がりを求めて―
ウランフ中国人民政治協商会議全国委員会副主席閣下
御列席の皆様
1 本日ここ中国人民政治協商会議礼堂において、日本と中国との関係について、所信の一端を申し述べる機会が与えられましたことは、私の非常な喜びとするところであります。このような栄誉ある機会を準備して下さつた中国政府、中国人民政治協商会議に対して、深甚なる感謝の意を表明いたしたいと思います。
新中国成立以来、中国人民政治協商会議が中国国内の幅広い勢力を結集し、多年にわたり重要な役割を果して来られたことは、我々のよく承知するところであります。
私は、これ迄の皆様方の御活動に対し、あらためて敬意を表するものであります。
2 7年前の1972年秋、私は、外務大臣として田中元総理大臣とともに、日中両国の国交正常化という歴史的大事業のため北京を訪問いたしました。我々の胸中は、大きな期待とそれに匹敵する大きな不安に満たされていました。しかし、その不安も、故周恩来元総理閣下の「小異を残して大同を求める」という言葉によつて表現された中国の指導者、並びに中国国民の大きな度量によつて解消され、日中国交正常化の大業は成就いたしました。往時をふり返るとき泰然たる風格の哲人、故毛沢東主席閣下のたたずまい、疲れを知らない超人的な政治家であり、中国国民の敬愛の的であつた故周恩来元総理閣下の姿が、ありありと目に浮ぶのであります。ここにお2人の偉大な指導者の偉功を偲び、そのご冥福をお祈りいたします。
3 その後、日中両国の友好関係は、両国の指導者、国民のたゆまざる努力と変わることのない情熱とに支えられて、着実に発展してまいりました。なかでも、昨年トウ小平副総理閣下の御来日を得て(トウは登におおざと)、両国が平和友好条約を締結し、改めて永きにわたる平和友好関係を誓い合つたことは、未だに我々の記憶に新しいところであります。
4 私は、今回の中国訪問にあたり、いま中国は、21世紀へのかけ橋ともなるべき国の近代化という壮挙を、全国民こぞつて推進中であることを伝え知らされておりました。私は多大な期待と関心を抱きながらも、心の隅に一抹の不安を禁じえませんでした。勤勉で英知に富んだ10億の国民の参加によるこの大事業が立派に達成されるであろうことを信じつつ、なお内外の情勢の厳しさを見るにつけ、その将来の困難を思わざるを得なかつたからであります。
今次滞在中、私は華国鋒総理閣下、トウ小平副総理閣下をはじめとする中国の指導者各位と、今後の日中両国関係や中国近代化の諸問題について、友好的かつ率直に話し合いました。私は、これらの会談を通じ、中国の指導者の方々が、容易な楽観論に走ることをいましめながら、将来に対する確たる展望をふまえつつ、ゆるぎない信念をもつて総力を結集されていることを知りました。
過般の建国30周年の記念日において葉剣英委員長閣下が、「山重水復路なきかと疑う。柳暗花明また一村」という句を引いて艱難の克服と前途の光明を表現されたことを、私は、あらためて強い感動をもつて思い起すのであります。
また、目のあたりに見た北京の街は、私が前回訪問した5年前に較べ、格段に明るく、人々は活力に溢れ、前途に対する自信に満ちていました。僅か2日の印象でありますが、ここにおいて私のかすかな不安は一掃され、成功への確信にかわりました。私は、善き隣邦の1人として、中国の近代化政策が実り多き成果をあげることを心から願うものであります。
5 私は、このたびの会談を通じて、はじめて華国鋒総理閣下にお目にかかり、華総理閣下のあたたかい包容力と鋭い識見に強い印象を受けました。さらにまた華総理閣下は、国際的な問題についても深い識見を示されました。
我々は、日中両国が両国間の共同声明と平和友好条約という2つの文書に盛られた原則と精神に則り、善き隣邦として、将来永きにわたつて平和的かつ友好的関係を維持発展させていくことを誓いあいました。我々は、また、1980年代のみならず、21世紀へ向けて、両国間の良好にして安定した関係をあらゆる分野において発展させ、更に深さと広がりを求めていかねばならないと話しあいました。また、このような日中関係を、アジアひいては世界の平和と安定に貢献するものとしなければならぬことについても確認しあつたのであります。
6 日中両国民がそれぞれ光栄ある21世紀の基礎づくりに取り組むべき80年代は、世界のいかなる国にとつても、決して楽観を許す時代ではありません。あらゆる国がさまざまな深刻な問題をかかえており、それらを解決しなければ、80年代を越え、さらに90年代を通つて、新たな世紀を迎えることができないのであります。我が国もその例には洩れません。日本の国民はいまあげて、これらの問題の克服のために努力しております。
私は、貴国の近代化も、この新たな世紀へ達するための貴国民の戦いであると思います。それは多くの困難に満ちたものとなるでしよう。10億の人々を適所に配して、その活力を引き出す道が容易でないことは、誰の目にも明らかであります。中国の方々が、これを新たな長征としてとらえておられることも、むべなるものがあります。
7 しかしながら、今日、世界の各国が当面している問題は、ただ一国をもつてして解決のできるものではなくなりました。今日の国際社会は深く相互に依存しなければ存立し得ない時代に入つているのであります。私は、すべての国がお互いに助け合い、進んで責任を分ち合うことによつてこそ、世界の平和と進歩は確保されると信じ、これを我が国外交の基本的な立場といたしております。
今回、中国首脳各位との会議を通じ、中国が国際場裡においても、国際社会の平和と安定のため一層積極的な役割を果そうとする用意を示されつつあることをうかがいました。世界の平和と安定のためにまことに同慶に耐えぬものがあります。世界の国々が貴国の近代化政策を祝福すべきものとして受けとめているのは、この政策に国際協調の心棒が通つており、より豊かな中国の出現がよりよき世界に繋るとの期待が持てるからに外なりません。我が国が中国の近代化に協力するとの方針を強く打ち出した所以も、我が国独自の考え方に加えて、このような世界の期待に裏打ちされているからであります。
8 この立場に立つて、私は、貴国の努力に対して、我が国が積極的な協力を惜しむものではないことをここに皆様にお約束いたします。
このたび、私は、我が国は貴国の要請に応え、貴国におけるいくつかの優先度の高い港湾、鉄道、水力発電等の基本建設プロジェクトに対し、政府ベースの借款を供与することを表明いたしました。これは、日中間の新たな側面での協力がその第一歩をふみ出したものとして極めて意義あることと考えます。
さらに私は、貴国の指導者に対し、我が国が技術協力、あるいは留学生の受け入れをはじめとする文化学術面等において貴国の人造りに積極的に協力していく用意があることを表明いたしました。
私は、貴国の努力とこれらの協力があいまつて、貴国の21世紀へむけての建設のいしずえとなることを心から願つております。
9 なお、以上申し述べた点に関連して、私は、次のことを明確にしておかねばなりません。
すなわち、その第1は、我が国は、いずれの国に対しても、軍事面での協力は行わないということであります。中国に対しても例外ではありません。このことは、日本が過般の戦争に対する厳しい反省の上に立つて、平和に徹することを最大の国是としていることによるものであり、かかる我が国の考え方は、私からもこれまで貴国の指導者の方々に折にふれ御説明し、御理解を得ているところであります。平和に徹し、いかなる国とも敵対関係をつくらず、また軍事大国への道を拒否し、その持てる力を専ら国の内外における平和的建設と繁栄に向ける、これは国民の一致して支持している我が国の基本的方針であります。
第2は、近隣アジア諸国との関係の問題であります。この際、私は、わが国の中国に対する経済協力は、他の開発途上国、なかんずく我が国との間に伝統的な友好関係にあるアセアン諸国と我が国との協力関係を犠牲にする形においてなされるものでないことも、明確にしておきたいと思います。我が国の経済協力が拡大する過程において中国への協力を進めるかたわら、これら諸国への協力も積極的に推進してゆくという我が国の方針にいささかの変更もないのであります。
第3は、日中の関係は排他的なものでないということであります。我が国の中国への経済協力は、日本の中国市場独占につながるものであるとの懸念が世界の一部に存在するということを、私は時折耳にいたします。これは、まことにいわれのないことであると申さねばなりません。我々は、中国自身がそのようなことを欲していないということを承知しております。日中関係は排他的なものであつてはならない、―故周恩来元総理閣下もくり返してそう述べておられました。それぞれの国がその意志と能力に応じ中国との間に秩序ある関係を構築する―これは中国の近代化という膨大な事業に鑑みれば最も望ましい姿であり、また自然のなりゆきでもあろうかと思います。
10 由来、国と国との関係において最も大切なものは、国民の心と心の間に結ばれた強固な信頼であります。この信頼を裏打ちするものは、何よりも相互の国民の間の理解でなければなりません。
しかしながら、相手を知る努力は、決して容易な業ではないのであります。日中両国は一衣帯水にして2000年の歴史的、文化的つながりがありますが、このことのみをもつて、両国民が十分な努力なくして理解しあえると容易に考えることは極めて危険なことではないかと思います。ものの考え方、人間の生き方、物事に対する対処の仕方に日本人と中国人の間には明らかに大きな違いがあるやに見受けられます。我々はこのことをしつかり認識しておかなければなりません。体制も違い流儀も異なる日中両国の間においては、尚更このような自覚的努力が厳しく求められるのであります。このことを忘れ、一時的なムードや情緒的な親近感、更には、経済上の利害、打算のみの上に日中関係の諸局面を築きあげようとするならば、それは所詮砂上の楼閣に似たはかなく、ぜい弱なものに終るでありましよう。
11 相互理解を深めるうえで人の往来を盛んにすることの重要性については、あらためて多言を要しません。私は、この点に関し、とくに両国間の文化学術面における交流、あるいは留学生等の交流を大切にしたいと思います。今回の貴国訪問に際し、我が国は、貴国との間に文化交流協定を締結いたしましたが、私は、今後、この協定を基礎に双方の当事者が創意と工夫を発揮して、この面からも、両国の友好関係が一層深まることを期待いたします。
更に、両国間で今後進められる技術協力も、この人的交流を促進させるものであります。
私は、貴国からのいろいろな分野における技術協力の要請に対して、今後、積極的に対応したいと考えております。これにより単に技術の移転が行われるという技術援助の側面のみでなく、数多くの分野で専門を同じくし、志を共にする者同士の人間交流が行われるという点に着目するからであります。
12 国民間の相互理解の増進をはかる1つの有力な手段が、言語であることは、今さら申す迄もありません。我が国においては、古来、中国の漢籍が日本文化の一部を構成していることは御承知のとおりであります。また近年、現代中国語の学習熱が盛んになりつつあることは極めて喜ばしいことであり、政府としてもこれを奨励して参りたいと考えております。
一方、私は、中国においても日本語学習に対する熱意が高まりつつあることを喜んでおります。
私は、中国におけるこのような日本語学習の一層の振興のため、日本政府として、明年以降、具体的な計画をもつて協力することをお約束したいと思います。私は、また中国における日本語の学習が中国の人々の日本の社会及び文化自体に対する幅広い関心の高まりにつながることを強く期待するものであります。
以上のような相互理解の努力を通じて、世界の平和とアジアの安定の創造に寄与する日中両国の関係をより深くより広く推し進めて行くことこそ、今日、両国民に課せられた最も大きな課題であると信ずるものであります。
13 ウランフ副主席閣下
御出席の皆様
昔、唐代の高僧、鑑真和上は、我が国留学生のたつての希望をいれ、生命の危険をもかえりみず、万里風濤を越えて、我が国に渡航され、仏教ばかりでなく、その弟子たちを通じ、建築、彫刻、文学、医学の面でも我が国の発展に大きく貢献されました。その徳を深く感じた我が国民は、和上の像を1200年わたつて今日に伝え、これを国宝とし、その建立になる唐招提寺に安置しております。時代の激変を越え、我が国の国民はいまなお、和上の徳を欽慕し、その祭りは絶えず、私も、その遺徳を敬慕してやまぬものであります。なお、この和上の像は、日中友好の見事な証として、近くこの北京の地において 公開され、故国中国の皆様に対面されることになつております。
14 21世紀にむかうこれからの時代にも、数々の荒波が襲うでありましよう。日中間においても、その荒波の中で、両国が時に意思を異にし、利害関係を異にする局面も出てくるかもしれません。しかしながら、両国間の2000年来の友好往来と文化交流の歴史をふりかえり、今日我々が抱いている相互の信頼の心を失わずに努力し続けるならば、我々の子孫は、永きにわたる両国の平和友好関係を世界に誇ることになるでありましよう。私は、両国の間の末永き平和友好関係を心から願い、また両国の交わりにおいて更なる深さと広がりを求めて皆様とともに努力したいと思います。
御清聴ありがとうございました。
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