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WordsWorth
of February

Kokei Sansho

Three wise men laughed at Fushi Ryo or Tiger's gorge in China

 

 

如月の四字熟語

虎渓三笑

四字熟語に秘められた先人の思い

 

copy by Ko Tamura

a staff writer of zuzu creations

 

慧遠法師......送陶元亮・陸修静与語、

道会、不覚送虎渓。

因大笑。

『廬山記』

慧遠法師は...... 陶淵明と陸修静を送り、共に語り、志す道が合い、思わずふたりを送って虎渓を過ぎてしまった。そこで大いに笑った。

  

* * * *

  saikansanyu

こけい‐さんしょう
【虎渓三笑】

(画題) 晋の僧慧遠(エオン)が廬山の東林寺に隠居して虎渓を渡るまいと誓ったが、陶淵明・陸修静の二人の帰りを送って思わず虎渓を過ぎてしまい、三人ともに大笑したという伝説に基づいたもの。三笑。

こけい虎渓
中国江西省九江の南、廬山にある谷。

えおん慧遠
東晋の僧。雁門の人。道安に学び、中国仏教の基礎を築いた。のち廬山に同志と白蓮社を結び浄土念仏を行い、30年間山を出なかった。沙門不敬王者論(僧侶は王に敬礼しなくてもよいという主張)、請雨伝説、虎渓三笑の故事などが有名。廬山の慧遠。(334-416)

ーさらにもうひとりの慧遠、浄影寺の慧遠がいるー
隋代の僧。敦煌の人。北周の武帝の廃仏の詔の非を論難。「大乗義章」をはじめ大乗経典の注釈が多い。隋の文帝が浄影寺(ジョウコウジ)を建て講説させた。浄影寺の慧遠。(523-592)

とう‐えんめい陶淵明
六朝時代の東晋の詩人。名は潜または淵明、字を元亮ともいう。諡(オクリナ)は靖節。江西の人。下級貴族の家に生れ、不遇な官途に見切りをつけ、41歳のとき彭沢令を最後に、「帰去来辞」を賦して故郷の田園に隠棲。平易な語で田園の生活や隠者の心境を歌って一派を開き、唐に至って王維・孟浩然など多くの追随者が輩出。散文作「五柳先生伝」「桃花源記」など。(365-427)

ろ‐ざん廬山
(Lu Shan) 中国江西省の北部にある名山。九江の南西17km。海抜1,474m。景勝の地、また、仏教の霊跡。李渤の白鹿洞書院、陶潜の靖節書院、香炉峰の古跡がある。匡山。南障山。匡廬。

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「虎渓」は廬山にある谷川の名前である。慧遠法師は廬山の東林寺に隠遁していた。虎渓にある橋を渡れば俗界、禅徒はこれより先に行くことは禁制であるため、客を送るときも虎渓より先に出た事はなかった。

あるとき陶淵明、陸修静の2人が訪ねてきて、あまりに話が合ったでつい夢中になり、ふたりを送り出しながら虎渓を通り過ぎてしまうのである。トラの泣き声で初めてそれに気付き3人は思わず顔を見合わせ笑うのであった。

昔からよく「虎渓三笑の図」として絵の題材に選ばれているが、3人の生存した時代が違うので作り話であろうと云われている。

話が合う友と語らうひとときは楽しい。同じ感動を共有できるし、新たなる発見や感動が会話の流れ共にふつふつと沸き上がってくる。三人の賢人がどんなに夢中になって話をしていたか、豊かなひとときを楽しんでいたかと思うと、こちらも思わず微笑んでしまう逸話である。

*

「虎渓三笑」の舞台となった廬山を舞台とし恵遠も登場するこんな話もある。小説の題名は『廬山』。秦恒平によって書かれたこの小説は第66回芥川賞候補作となった。
恵遠の祖父・伯麟は武将であり、彼が使う棒は剣よりも強く恐れられていた。では何故彼は棒術の使い手となったのか? かつて彼には武勇にまかせて無辜の土民を殺し、さらにひとりの若い女を嬰児もろとも剣で突き殺してしまった過去がある。以来、剣を握れなくなりそれがきっかけで彼は棒術を身につけた。西晋がついえていく最後の戦から帰った彼が眼にしたものは、自分許しも得ぬまま孫を産み落とす娘玉蘭の姿であった。娘を愛する彼は怒りのあまり相手の若者を斬ってしまう。若者は死に、娘も後を追って自害してしまう。
時は過ぎ伯麟が江寧寺の宝応和尚を訪ねた折、伯麟は和尚から恵覚法師の存在を知らされる。いつからかある名称しがたい不安を覚えた伯麟は、それを解くために二郎、三郎を相次いで恵覚法師を尋ねて廬山に赴かせる。ところが、2人共目的を達することなく死んでしまう事となる。失意にあった伯麟と妻は、四郎として育てている孫の劉(恵遠)と、その友人の秀蓮を連れて川原に遊んだ折、幻影を観るのであった。そこで、8歳の恵遠をみたび廬山へ向かわせる決意をし、恵遠も思うところあってそれを承諾する。
恵遠は揚子江を遡り、途中で舟を捨て山裾よりゆっくりと目的地廬山へと進む。山中に入った彼は、いつしか道に迷い、食糧も果てても、必死になって歩き続けるのであった。が急な崖を過って滑り落ち失神してしまう。そして夢の中で秀蓮に出会う。我にかえった彼は、ついには頂上に辿り着き、そこで月明に、母の幻として鶴に乗る女人を観る。その頃、麓の恵覚法師とその弟子の恵元は、ともに同様な幻覚にとらわれ、廬山に引き寄せられてゆく。そして恵覚は、恵遠の瞑想裡にみられた仏に会い、恵遠も虎にのった仏として恵覚をみる。
10年後、老父母の許に帰り、今生の意味を問うふたりに、彼は此の世の事、夢まぼろしと思えと告げ、一枚の絵絹を残し再び去っていくのであった。

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