デイヴィッド・ホロビン
『天才と分裂病の進化論』
新潮社(金沢泰子訳)
夫
しまった「夏太り」した
みたいだ。暑いんで油断して
アイスクリームとかずいぶん
食べちゃったからなあ。これ
から秋だからさらに太りそう
だ。もっとも、女性だとこの
脂肪が胸やおしりを魅力的に
するんだよなあ。
妻 なんですって、やめてよ、
気持ち悪い。あなた大学でも
女子学生にそんなこと言った
りしてないでしょうね?
夫
おいおい、へんな誤解を
しないでくれ。女性の皮下脂
肪の美しさを言っているのは
この本の著者さ。この本によ
れば、今の人類が進化したの
は皮下脂肪を貯められるよう
になったからだというんだ。
チンパンジーと人間の違いは
脂肪にある・・・と。
妻 ふーん、でも、この本の
タイトルは『天才と分裂病の
進化論』じゃない。これが脂
肪とどう関係するの?
夫
実は、脳の大半を占める
神経繊維は脂肪でできている。
脂肪は人類の身体を丸みのあ
るものにしただけでなく、脳
を大きくしたんだ。そしてこ
の本で述べられる大胆な仮説
は「脳内の脂質代謝における
生化学的変異が旧人類をはる
かに凌駕する知性を生み出し
夫
「分裂病」は最近「統合
失調症」と名称変更がなされ
たよね。でも、ここでは訳者
と出版社の判断で従来通りの
名称が使われている。
この本が分裂病に対する差
別や偏見を助長するもので
はなく、むしろ希望を与える
内容だと判断したからなんだ
そうだ。
現に著者のホロビン博士は
英国分裂病協会の医療顧問
を二十五年以上勤めてきた
権威で、この病気の改善に真
摯に取り組んできている。
博士は豊富な臨床観察や幅
広い文献調査などを通して、
分裂病患者やその遺伝子を
共有する人たちが特殊な才能
の持ち主であることに気づい
たんだ。しかも分裂病は人類
の誕生にさかのぼれるほど昔
からあったらしい。
博士はここで発想を逆転
させて、知性の進化と分裂病
とが結びついていると考えた
わけさ。ある意味で分裂病の
人は頭が良すぎるんだ。
妻 つまり脂肪が脳を発達さ
せ、それが飛び抜けた知性を
生み出したというわけね。
夫
そう、だから「脂肪を取
ると頭がよくなる」可能性が
あるらしいぞ。でも、アイス
クリームの脂肪じゃなくて、
魚の脂肪なんだけどね。
妻 なあるほど、じゃ、あの
「さかなの唄」はやっぱり正
しいってことね。よし、じゃ
今晩はさっそくサンマの塩焼
きを作ってよ。
(守 一雄)