第10巻第8号              1997/5/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)



 例年のことですが、新年度の始まりの4月はあわただしくすぎます。学部の4年生や大学院の1年生は、ゴールデンウィークでほっと一息ついた後、卒論や修論のための研究をどうしようか本格的に考え始めていることでしょう。今月号はそんな人たちへのグッドニュースです。

【これは絶対面白い】

田中 敏
『実践心理データ解析』

新曜社\3300


 現代心理学における研究は「問題探索型研究」と「仮説検証型研究」に2分できる。前者は、研究しようとする問題について多面的に調べ、問題点の背後にある「本質」を探ろうとするものである。そのためにはアンケート調査などを行い、大量にデータを収集して、そのデータを分析しなければならない。そうした研究で使われる統計的手法は多変量解析であり、その代表選手は「因子分析」である。一方、問題点の背後にある「本質」がある程度予想できている場合には、それが本当にそうであるかを実験によって確認するという「仮説検証型研究」がなされる。仮説検証型研究では、適切な実験計画を立てた上で、実験を実施し、その実験データを基に「仮説」が正しいかどうかを統計的に検定する。こうした研究で用いられる統計的技法の代表選手は「分散分析」である。
 そこで、心理学の研究においては「分散分析」か「因子分析」かに習熟することが必要であるとされるわけであるが、実は、統計的な手法だけを学んでも研究はできるようにならない。どんな「問題点」をどのように見つけるのか、「調査」をどう行うか、「実験計画」をどう立てるか、なども重要な研究技法のうちである。データ分析後も、それをどう解釈するか、さらには、それをどう論文に表現するかなど、研究方法に習熟するまでの道のりは長い。
 心理学の研究技法のうち、統計的手法についてだけは、たくさんの教科書や解説書があった。もっとも、統計的手法の本は、基礎からわかりやすく書かれたものはなかなか実用レベルにまで達せず、反対に、すぐ実用になるようなマニュアル的なものは、内容の理解が難しく、ただ「書いてあるとおりに当てはめて結果を出す」だけになりがちであった。その結果、結局はそうした「統計マニュアルの使い方」を含めて、研究手法を誰かに教わる必要があった。田中氏によれば、それは「師匠」と仰ぐ指導者からの個人指導によって身につけるものだったという。
 しかし、誰もが優れた「師匠」を見つけられるわけではない。そこで、この本では田中氏が「師匠」になって、氏みずからが研究したり指導したりした実際の研究を例に、「個人教授」するというスタイルを採用している。基礎的なものから比較的高度なものまで、10の研究例が紹介され、順序よく読んでいけば、「仮説検証型研究」と「問題探索型研究」とのどちらもが実際にできるようになるまでの指導が受けられる。確かにこんなやり方なら、誰にでも心理学の研究方法がよくわかるようになるだろう。どうしてこんな本が今までなかったのか不思議なくらいである。
 標題には「心理」とあるが、心理学の研究にだけ役立つ本というわけではない。心理学に限らず、いろいろな要因が絡まりあった現象を研究しようとする人すべてに役に立つはずである。なかでも、教科教育を研究している大学院生に強く勧めたい。教科教育の分野には、心理学的な研究法が有効な場合が多い。ところが、心理学を専門とする教官の個人指導を受けないかぎりは、なかなか心理学的な研究方法を教わることは難しい。実は、心理学の専攻学生でも、誰もがしっかりとした個人指導を受けられるわけではない。しかし、この本を読めば、そうした「個人教授」が受けられるのである。目次には難しそうな統計学の用語が並んでいて尻込みしたくなるかも知れないが、内容はきわめてわかりやすい。これは絶対のオススメである。                 (守 一雄)
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