第4巻第11号                    1991/8/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(PDC00137, dmori@c1shin.cs.shinshu-u.ac.jp)



  暑中お見舞い申し上げます。さて、今月号も「オリンピック問題」の続きです。ここ数カ月、長野県から外に出ていないため、直接肌に感じるような経験はしていませんが、県外の反応は一様に批判的、『ASAHI JOURNAL』に至っては嘲笑的です。それでも、デンバーの例もあります。頑張って「返上」を目指そうと思います。 (守 一雄)

【これは絶対面白い】

中村敏雄『スポーツルールの社会学』

朝日新聞社(\1050)


  「スポーツ」あるいは「スポーツマン」という言葉のもつ健康的でさわやかなイメージは、幻想である。オリンピックスポーツに代表される近代スポーツは、「記録」や「勝敗」に過度のこだわりをもつことにより、「改造された肉体」による不健康なショーになってしまった。プロ野球などのプロスポーツも同様で、NFL(アメフト)の選手や大相撲の力士は、現役引退後「リハビリ」が必要であるという。改造されているのは肉体だけでなく、最近のはやりは、「イメージトレーニング」による「精神の改造」である。選手は自分の自主性よりも、コーチやコンピュータの指示に従ってプレーをする方がいい成績を残せる。(そう言えば、高校野球でも監督さんの指示を忠実に守る「よく訓練されたチーム」というのが強い。)
 著者の中村氏は、私が高校時代の体育の先生である。いつも不機嫌そうな顔をした不思議な体育教師であったが、バレーボールの面白さを教えてくれたことは今も記憶に残っている。手は痛いし突き指はするしで中学時代はバレーボールは大嫌いだったが、変則ルールの中村バレーを教わってからは好きになった。授業がつぶれた空き時間に、クラスみんなで体育館へ行ってバレーボールをやったくらいだから、私以外にもそういう人は多かったに違いない。中村バレーの変則ルールは確か3つあった。第1に、相手コートへは3回でなくて、4回で返せば良いことになっていた。第2に、ネットがかなり低かった。第3に、サービスエースは「悪」であった。(確か、サービスエースが2本続くとサーバー交替とされた。)正式ルールでのバレーボールは、多くの場合、相手のサーブをうまくレシーブするのが一番難しく、3回で相手コートに返すのが精一杯である。誰もがやりたいバレーボールの「花」であるスパイクが打てることはめったにない。それが、変則ルールでは、可能になった。サーブレシーブができないのは、できない奴が悪いのではなく、そんなサーブをする奴が悪い。それではみんなが楽しめないではないか。レシーバーはとにかくレシーブできればそれでいい。2回目にパスをして、3回目にトスをすれば、4回目に誰かがスパイクを打てる。スパイクが打てれば、ブロックもできる。当時、高校生の私にはとても画期的なバレーボールのように感じられたが、「スポーツは楽しむためにやるのだ」という著者の主張に従えば、なるほど当り前のことだったのだ。                         (守 一雄)
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