第35巻第10号                2022/7/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行 [発行責任者:守 一雄]
(kazuo.mori[at-sign]t.matsu.ac.jp)
http://www.avis.ne.jp/~uriuri/kaz/dohc/dohchp-j.html


 退職して時間を気にせずに本を読めるようになったので、意識や脳の働きについての最近の単行本を読んでいます。ただ、どれも消化不良で終わってしまい、自信をもって「これは絶対面白い」と紹介できるものに出会いません。そうした中で、この本で提示されていた「1000の脳」理論は面白いと思ったので、自分の理解を深めるためにも内容を自分の言葉で紹介してみようと思います。(守 一雄)

(c)早川書房
 

【これは絶対面白い】

ジェフ・ホーキンス『脳は世界をどう見ているのか』

早川書房 (¥2,860)

 英語の原題は“A Thousand Brains: A New Theory of Intelligence”であり、中心となる理論はこの訳書では「1000の脳理論」となっている。ただ、これだと助詞の「の」があるために、「脳理論」が「1000」あるように読めてしまう。しかし、本来の意味は「脳とは単一の働きをする器官ではなく、無数の(thousands of)小さな脳の複合体である」という理論である。そこで、「群脳理論」という新しい訳語を提唱したい。

 ホーキンスは本書で、脳のうち大脳皮質(新皮質)だけが異質であることを述べる。そして、脳の新皮質以外を「古い脳」と呼び、古い脳は動物が生きるための機能を持つものであるとする。古い脳は、感覚器や筋肉などと直接に繋がり、生体の維持に欠かせない器官であり、それぞれ別個の形態をしている。

 これに対し、「新しい脳」である新皮質は、厚さ2.5mmの平たい組織で、大きめの食事用ナプキンくらいのサイズであるが、頭蓋骨の中に収まるように、くしゃくしゃに丸められ、古い脳に覆いかぶさっている。脳科学者の永年の研究によって、ある程度、場所ごとに異なる機能を担当していることがわかっているが、その基本的構造はほとんど同じである。どの部位でも、6層の神経細胞が縦方向に密接な結合をしている1mm四方ほどのコラムでできている。コラムはちょうど米粒を立てたくらいの大きさなので、立てた米粒を一様にびっしりと並べた感じである。それぞれの米粒(コラム)は、同じ層内での横への繋がりはあまりない。

 人間の新皮質には、こうしたコラムがおよそ15万個あり、その一つ一つが汎用のコンピュータのように、ほぼ独立して働いているのではないかというのが、ホーキンスの「群脳理論」である。(コラムは15万個もあるのだから、「1000の脳理論」という訳語は不適切である。)

 各コラムの構造が似ているのはその機能も同様だからである。新皮質のどの部位にあるコラムもその基本的機能は現在の状況を「座標系(frame)」に位置づけることである。生体にとって状況は時事刻々変化をするが、座標系ができていれば、「予測」ができる。ホーキンスは、新皮質にびっしりと並んだコラムはそれぞれが小さな汎用コンピュータであり、現在の状況を把握して座標系に位置付け、次に何が起こるかを予測しているのだと考えた。視覚情報を司る新皮質でも言語を司る新皮質でも、それぞれの部位のコラムは同じように予測をしているだけなのである。新皮質にあるコラムは、直接に感覚器官や運動期間とつながっていないことが、ここでも重要である。汎用のコラムを大量に複製することでヒトは短期間で新皮質を拡大することができた。

 ここからはコラムを「米粒」ではなく、「人間」に置き換えて考えてみよう。全部で15万人もの群衆が各自それぞれで予測をする。予測結果は、バラバラなものになるかもしれない。それでも、みんなで「投票」すれば、多数決でほぼ正しい予測に行き着くだろう。つまり、私たちの脳(大脳皮質)は、一群の小さな脳の集合体として働いているのだというのが「群脳理論」だというわけだ。

 本書では、この「群脳理論」を第1部の1-7章で述べたあと、ヒトの脳の基本原理をAIの開発にどう活用するか(第2部)と、古い脳に基づくヒトの生きる目的を超えた新しい脳に基づくヒトの未来への展望(第3部)が続く。本書の序文が「利己的遺伝子理論」で有名なR.ドーキンスだったことに驚いたが、ホーキンスも古い脳は遺伝子の支配下にあり、生物の生きる目的は「遺伝子の存続」でしかないとする。そして、新しい脳に基づくヒトの生きる目的として「知識の存続」を挙げ、そのためにヒトは何をするべきかを論じている。太陽系が死滅したのちでも、ヒトが生み出した「知識」をどうすれば存続させられるだろうか。私の理解は第1部だけで精一杯だった。(守 一雄)

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