DOHC1601

第29巻第4号                2016/1/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]
(kaz-mori[at-mark]cc.tuat.ac.jp)
http://www.avis.ne.jp/~uriuri/kaz/dohc/dohchp-j.html

 新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

 銀も黄金も玉も何せむに 勝される宝 孫にしかめやも

 昨年は十月に初孫という大切な宝を授かりました。今年はいよいよ定年前最後の一年となります。

 信州大学教育学部で大学教員としての一歩を踏み出して以来、35年目を迎えることとなりました。信州大学での25年間とあと1年を加えると10年になる東京農工大学での10年間、「教育を科学的に研究する学問」としての教育心理学を自分の存立基盤としてきました。多くの要因が錯綜し、なかなか明確な答が見つからないものの、科学的な方法論を用いることではじめて信頼に足る結論が導き出せるのであると信じてきました。しかし、なかなか明確な結論が出せないことばかりで、35年間で何が明らかにできたのか、ほとんど成果が出せなかったのは残念なことです。

 だからといって、世の中は教育心理学の成果を待ってはくれません。教育心理学の知見を踏まえた教育政策をすべきだと思っても、政策への提言ができるほどの確固たる研究成果を教育心理学者は提供できていないわけです。その結果、「ゆとり教育」の導入にも、その後の後退にも教育心理学者は何の役割も果たせませんでした。特定の教育政策を取る前に、実証的な実験を全国の国立大学教育学部の附属学校でやるべきなのだ、と授業では話しても、文科省はおろか附属学校のトップさえ動かすこともできない自分の非力さは情けないかぎりです。

 一方、アメリカでは「どんな教育が有効なのかの情報交換所(What Works Clearinghouse)」が2004年にウェブサイトを立ち上げ、「科学的根拠に基づく教育」を始めていました。いったいどんな学問分野がこうした政策の基盤となるのだろうと思っていたのですが、この本を読んでそれが「教育経済学」という新しい学問分野なのだとわかりました。引用されている研究には心理学者によるものも多く、心理学の成果に基づいて始まった行動経済学をさらに教育に応用した学問ということになります。まだまだ始まったばかりの学問分野ですが、「科学的根拠に基づく教育」の推進に大きな影響を与えてくれるような期待が持てます。思えば、教育心理学が政策決定などに影響力を持てなかったのは「おカネ」のことを考えなかったからです。おカネが絡むことを何か汚いことのように考えて避けてさえきたと思います。しかし、世の中を動かすのは結局おカネです。そうした意味で、経済学者なら力を発揮できると思うのです。(守 一雄)


(c)ディスカヴァー
 

【これは絶対面白い】

中室牧子

『「学力」の経済学』

(ディスカヴァー¥1,728)

 「科学的根拠に基づく教育」を基本思想としていかに日本における教育が根拠なしの思い込みでなされているかを論じている。教育心理学者なら「そうそう、その通り」と思うことばかりで、なにを今さらという気もするが、新しい切り口で経済学者が論じると新しさとともに勢いが感じられる。

 第1章「他人の“成功体験”はわが子にも活かせるのか?」第2章「子どもを“ご褒美”で釣ってはいけないのか?第3章「“勉強”は本当にそんなに大切なのか?」第4章「“少人数学級”には効果があるのか?」第5章「“いい先生”とはどんな先生なのか?」というどれも魅力あるテーマについて、一般に受け入れられている考えが、科学的根拠に基づくと実は誤りであることが紹介されている。最初の3つの章はほとんど教育心理学であり、縄張りを荒らされた感もあり反論したいところも多い。例えば、根拠として引用されている研究が学会発表にすぎず、その研究自体の信頼性が低い。それぞれのテーマについてのメタ分析をした研究に基づいた主張をしてほしかったところだ。

 それでも、最後の2つはかなり納得してしまった。少人数教育が望ましいのは当然である。しかし、費用対効果の視点を入れると、ある程度以上の少人数教育は、他の教育政策との比較で是非を判断すべきであるという。これは経済学者ならではの発想である。また、経済学者なら「教員の質を高めるためには教員免許制度をなくすのがよい」と言うだろうという指摘も面白いと思った。(守 一雄)


追記:東大の市川先生からコメントをいただきましたので、私の反論を添えて、「新春討論(pdf:274KB)」の増刊号としました。(2016.1.1)
追記2:広島大の山田先生からコメントをいただきましたので、「増刊号2(pdf:98KB)」としました。(2016.1.4)
追記3:慶応の安藤先生からコメントをいただきましたので、「増刊号3(pdf:143KB)」として配信しました。(2016.1.4)

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