毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]
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さて、30年近くも前の事件であり、1984年から1985年にかけて日本中が大騒ぎとなったいわゆる「ロス疑惑」騒動からも20数年を経過しているため、若い人の多くは「ミウラカズヨシ」と言えば、同名のサッカー選手三浦知良(カズ)のことを思い浮かべるであろう。もちろんこの三浦氏はこのカズのことではない。日本中が熱病に罹ったかのようになった当時を知らない世代にこそ、この本を読んで、冷静な第三者としての判断をしてもらいたいと思う。
実は、この本を買ったのは5年以上も前にこの本が文庫になってすぐだった。なんとなくピンと来るものがあって買ったのだが、読み始めてみるとなんとも読みにくい。それは文庫なのに1,200円という価格からもわかるかもしれないが、実に925頁、背表紙の厚さが3.5cm以上もあって「持ちにくい」のである。それだけの理由で、読む気にならないまま書棚に忘れられていた。ところが、たまたま手元に手頃な読む本がなくなり、この本を改めて手にしたとき、「そうだ何冊かにばらしてしまおう」と思いついたのだ。目次を見ると幸いなことに、「マスコミ・サイドの視界」「三浦和義の視界」「裁判」と大きく3部構成になっていて、それぞれのページ数もほぼ300ページずつである。早速、カッターで3分割して、厚紙で表紙をつけ直し、カバーをカラーコピーで作ってそれぞれにかぶせたら、『三浦和義事件(上中下)』の3冊組ができあがった。
普通の文庫本サイズになったら、急に読む気満々になった。そして読み始めたら、面白くて止まらない。3冊をあっという間に読み切ってしまった。1冊目は20年前の「ロス疑惑」をマスコミ報道を中心におさらいしたもの。日本中がこの話題で沸き立っていたから、嫌でも目に入り耳に入ったことではあったが、さらに詳細にどんな報道がなされたのかが、その報道に関わった記者たちの視点から書かれている。『週刊文春』が疑惑を報じ、日本中が三浦氏を犯人と決めつけて、ついに逮捕に至るまでが1冊目で、これだけでも十分面白い。
次の2冊目は、今まであまり知られていなかった三浦氏側から見た事件の詳細である。三浦氏自身が『不透明な時』(二見書房)と『情報の銃弾』(日本評論社)という2冊の本で既に書いていることなのであるが、島田氏が、その後の裁判で明らかになったことや三浦氏との個人的な書簡のやりとりを通して得た新たな情報を付け加えながらまとめなおしたものである。この2冊目はおそらくほとんどの日本人にとっても初耳のことばかりであろう。(この部分とほぼ同じ内容で、東真司監督による『三浦和義事件』(2004年)という映画が作られ、DVD化されていた。これも買って見てしまった。)
そして「裁判」となるのだが、3冊目は、一美さん銃撃事件の第一審で三浦氏に無期懲役の判決が出るところで終わる。実行犯とされた大久保氏は無罪となったにもかかわらず、この裁判では「実行者不詳のまま殺害を依頼した(はずの)三浦氏は無期懲役」という異例の判決が出されるのである。(その後、この裁判は控訴審で「驚き」の逆転無罪となり、最終的に最高裁まで行って無罪が確定した。)
最後の80ページほどに、島田荘司氏の推理と意見が述べられる。ここまで、島田氏は適宜解説を加えてはいるものの、読者を三浦氏のシロ・クロのどちらにも誘導しないよう十分な注意を払ってきていた。読者に自分で考えさせようとしていたのだと思う。ここまで来るとなぜこの本が三分冊化されなかったかもわかる。実は、正直に言うと、私は三浦事件というのは「無罪になったとはいえ、これは三浦氏がうまく逃げ切ったということだろう」と思っていた。だから、今年の2月にアメリカ当局が三浦氏を再逮捕したニュースを聞いたときも「よし今度こそ」と密かに期待もした。この本も、推理小説家が見事な推理で犯罪を立証してくれると期待して買ったのだ。しかし、いい意味で見事に裏切られた。私も集団催眠状態だったのかもしれない。本当に読んで良かったと思った。(守 一雄)