第21巻第5号                2008/2/1
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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@shinshu-u.ac.jp)


    
(c)NHK出版
 

【これは絶対面白い】

S.モアレム+J.プリンス
『迷惑な進化』

NHK出版(矢野真千子訳¥1,800)


 「四〇年後に必ず死ぬと決まっている薬をあなたが飲むとしたら、その理由はなんだろう?答えはひとつ。それは、あなたが明日死ぬのを止めてくれる薬だからだ。」(p.24)

 10年以上前だったと思うが、母が甲状腺肥大症になった際、医者から同じことを言われていたことを思いだした。確か放射能ヨウ素を含む薬を飲んで、甲状腺を焼いてしまうというのだが、それは同時に甲状腺ガンを引き起こす原因にもなる。しかし、甲状腺ガンになるのはそれこそ何十年後かなので、高齢の母にとっては、さしあたっての治療効果の方が優先されるというわけだった。

 この本によれば、これと同じようなことが私たち人類の進化においても頻繁に起こっているのだという。進化といっても、何万年の単位の話ではなく、もっと短いサイクルでの話だ。西ヨーロッパ人を祖先にする人の3人に一人ないし4人に一人が「体内に鉄を溜め込んでしまう」という特異の遺伝子を持ち、そのために200人に一人が肝不全などの病気になるという。では、なぜそんな「病気になりやすい遺伝子」が進化してきたのかというと、体内に鉄を余分に溜め込みやすい体質の人は、ペストに感染しにくいという利点があったからなのである。14世紀のヨーロッパでは腺ペストが大流行し、全人口の3分の1から4分の1にあたる2500万人以上の犠牲者がでたという。これは人類史上でも最大級の疫病とされている。「体内に鉄を溜め込みやすい」体質の人はこのペスト禍を生き延びることができた可能性が高い。そして、そうした人々の子孫たちが、600年以上も後になってから、このヘモクロマトーシス(体内に鉄が溜まりすぎてしまう病気)に悩まされることになったのだ。

 西ヨーロッパの聞き慣れない病気の話だけではあまりピンと来ないかもしれないが、この本にはこうした例が数多く紹介され、その中には糖尿病やコレステロールなど、身近な病気も含まれる。そう、糖尿病になりやすい体質の人も、人類の長い歴史の中では、それが利点であるような時期があったのである。肥満になりやすい体質もそうである。それらの利点とはいったいなんなのかは本を読んでのお楽しみである。

 そして、ヘモクロマトーシスも糖尿病も肥満も関係ないよ、という人にも必ず関わる「病気」がある。それは「老化」という遺伝病である。その章の見出しには「あなたとiPodは壊れるようにできている」とある。売り出された当初のiPodは内蔵電池の交換ができないようになっていた。電池の寿命が来たら、iPodも買い替える必要があったのだ。それはその方がアップル社にとっても、ユーザにとっても有利だったからだ。電池交換が必要になる頃にはもっといい後継機種ができているに決まっている。私たちの心臓が交換できないのも同じことだ。私たちが年をとって死ぬことも、一定の「利益」に伴う避けられない副産物なのである。

 この本の面白いところは、病気や老化といった「迷惑なこと」もそれなりの理由があって進化してきたのだということを楽しくわからせてくれることだ。シリアスな内容なのに語り口が明るく、学術書のようでいながら、面白く読める。実は、著者はモアレム一人ではなく、ジョナサン・プリンスという元アメリカ大統領のスピーチライターをしていた男が関わっていたのだ。そうそう、忘れてならないのは訳の素晴らしさである。スピーチライターのウィットある文章を、本当に違和感のない読みやすい日本語にしてくれている。モアレムの用意した内容の面白さ、プリンスの文章の巧妙さ、そして矢野真千子さんの訳の軽快さの見事な三重唱になっているのである。 (守 一雄)

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