第20巻第9号               2007/6/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kaz-mori[at-mark]cc.tuat.ac.jp)

http://www.avis.ne.jp/~uriuri/kaz/dohc/dohchp-j.html

 今月号で紹介する本は、垣根涼介さんの『ワイルド・ソウル』です。単行本は2003年、文庫は2006年に出ているもので、大藪春彦賞、吉川英治文学賞、日本推理作家協会賞をトリプル受賞し、当時かなり話題になったものでした。私はうかつにも、タイトルから勝手に韓国の話だと誤解していて、大藪春彦風のバイオレンスが韓国ソウルを舞台に繰り広げられる小説だろうと思ってなんとなく読む気を起こさずにいました。

 ところが、読み始めてみたらまったくの思い違いで、戦後に日本政府の移民政策によってブラジル・アマゾンに移民した人々の苦難の話でした。このアマゾン移民政策は、日本政府が犯した大失敗で、移民した人々はほとんど政府に騙されたも同然だったことをこの本で初めて知りました。移住民の多くは開拓なんて到底不可能な未開地で絶望を味わい、かといって日本に帰ることもできず、現地で無念にも命を失くしていったのだそうです。

 政府の無策と言えば、近年では薬害エイズ事件などが思い浮かびますが、そうした社会派正義を振りかざした日本政府告発の物語なのかと思うと、それがまた見事に予想を覆されるのです。冒頭からの暗く辛い移住民の悲劇は第1章だけ、上巻の4分の1ほどで終わってしまいます。

 そして話の舞台はいきなり現代の日本に移るのです。第2章からは、麻薬シンジケート、インターポール(国際刑事警察機構)、新宿歌舞伎町と、なるほど、たしかに大藪春彦賞なのだと思わせるアウトローの話が始まり、ギンギンにチューンナップしたロータリーエンジンのマツダRX-7でのカーアクションや、「スナイパー・ライフルの上部に分厚い円盤を載せたような異様な」形状をもつサブマシンガンのアメリカン180M2の細かなメカの紹介などが出てきます。うーん、マニアック。

 ストーリーは基本的には主人公たちによる犯罪を描いたものですが、その犯罪がアマゾン移住民のための日本政府への復讐を目的としたものであるため、読んでいて痛快です。冒頭の移住民の悲劇はこの復讐心を主人公と共有するための予習だったわけです。そして、その復讐計画が果たしてうまく実現できるのか、ハラハラドキドキの展開が楽しめます。

 さらには、現代の最も華やかな職業であるテレビのニュースショーの女性ディレクターも出てきて、一気にストーリーも華やかになります。しかも、この女性ディレクターと主人公ケイとのラブストリーが加わるのですから、それはもうエンターテイメントてんこもりで、作者のサービス精神がそれこそフルスロットルで加速します。

 勝手な思い込みで韓国アクション映画の映画館かと思って入ったら、実は南米開拓歴史資料館で、すぐ奥は巨大な映画テーマパークと科学警察研究所やテレビ局に繋がっていて、併設のナイトクラブ・コパカバーナでサンバを踊りながら恋までしちゃって大満足だったというところでしょうか。暗い社会派の題材をテーマにしていながら、しかも基本的にはアウトローによる犯罪小説なのに、気持ちいいほど明るい気分にさせてくれる不思議な小説です。それにしても、主人公のケイという男、同性から見てもこれだけ魅力を感じるのですから、女性にはこれ以上の男はないくらい「イイ男」なんだろうと思います。   
(c)幻冬舎
 

 これ以前に書かれた2作『午前三時のルースター』(2003年、文春文庫)『ヒートアイランド』(2004年、文春文庫)とこれ以降の『ギャングスター・レッスン』(2007年、徳間文庫)が文庫になっていたので、早速手に入れて読みました。どれも暴力的犯罪を取り扱っているのに不思議に「明るい」面白さがあります。(5月に紹介した野沢尚の「どこまでも暗い」ところと好対照です。)(守 一雄)


【これは絶対面白い】

垣根涼介『ワイルド・ソウル(上下)』

幻冬舎文庫(¥720+¥720)


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