第19巻第12号                         2006/9/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


 
(c)草思社

【これは絶対面白い】

A.パーカー
『眼の誕生:カンブリア紀大進化の謎を解く』

(渡辺政隆/今西康子・訳)草思社¥2,310


 

 古生物学の本であるが、文系っぽい博物学的なものかと思ったら、物理学や化学などのハードサイエンスを駆使した「これぞ自然科学」と言えるような驚きの本だった。副題に「カンブリア紀大進化の謎を解く」とあるように、推理小説仕立てになっているのだが、謎解きの答は最初から明らかにされてしまっている。タイトルにある「眼の誕生」がその答えである。犯人がわかっているのに面白い推理ものと言えば、ちょっと前のコロンボ刑事や日本版コロンボの古畑任三郎があるが、これもその類いかもしれない。

 答えを知る面白さよりも、なぜその答えが面白いのか、著者のアンドリュー・パーカーはまずその説明から始めるのだ。そもそもカンブリア紀とはいつのことか?比較的知られている恐竜時代のジュラ紀(2億年から1億5千万年前)や白亜紀(1億5千万年前から6千5百万年前)よりもさらにずっと古い約5億年くらい前のことである。地質年代の特徴的な命名である「__紀」という年代区分の中で一番古いのがカンブリア紀なのである。

 では、「カンブリア紀の大進化」と何か?カンブリア紀のさらに前の時代は「先カンブリア時代」と呼ばれ、地球の誕生以来の40億年以上がここに含まれる。この40億年のどこかで生命が誕生し、生物の進化が始まるのだが、40億年もの長い間、遅々として進まなかった進化がこのカンブリア紀の始まりからわずか500万年の間に爆発的に進むのである。「500万年」だって人間の歴史と比べれば恐ろしく長い時間だが、それ以前の40億年と比較すると800分の1でしかない。しかも、その後の5億年ではもうこんな爆発的な進化は起きていないのである。生物の進化は何万年何億年という長い年月をかけてなされるわけであるが、その進み方は一様ではなく、このカンブリア紀に爆発的になされたのである。

 カンブリア紀の大進化の理由については、いろいろな説が提唱されてきたが、どれも納得のいく説明にはならなかった。パーカーの新しい仮説は、「生物が眼を持つようになったことで、互いの存在が知られるようになり、捕食者・補食者間の"軍拡競争"が起こったからだ」というものである。言われてみると「なあんだ」というようなことであるが、それだけ納得のいく説でもある。レーダーや偵察衛星の登場が戦争の形態を根本から変えてしまったように、太陽の光が降り注ぐ地球という環境において、確かにこれほど重要な感覚器官は他にない。聴覚だけなら、じっと静かにしてさえいれば、敵に気づかれずにすむけれど、敵の視覚から逃れるためには、どこかに隠れるか、擬態するか、敵を先に見つけて逃げるか、活動を夜だけにするかなど、多彩な対策が必要となり、それこそが生物の多様性を生み出したのである。

 では、この仮説をどう証明するか?パーカーは、5億年も昔の化石から、それ以前には存在しなかった眼が誕生したことを示す徴候を探しだした。さらには、眼がない世界なら必要のない色が5億年前に眼が誕生した後には重要となったことも示そうとする。しかし、5億年も前の化石から、その生物の色をどうやって推測できるのだろう。私にはここが一番の驚きだったのだが、生物の色には色素によるものと光の反射を利用した膜構造によるものとがあり、色素の方は化石から判断不能でも、膜構造はわかるのだという。つまり、カンブリア紀の化石の中に、そうした構造をもつ化石があることを、そして先カンブリア時代の化石にはそれがないことを示すことで、カンブリア紀以降の生物に鮮やかな色を持つものが現れていたことを証明するのである。理系の学問は、学校でこそ、物理・化学・生物・地学とバラバラに教えられるが、実はそれがすべてつながっていることがわかるすばらしい本である。

【付記】平安堂書店と信州大学生協が共催する書評コンクールも3回目になりました。今年は少し実施時期を早めて、読書の秋に読んですぐに書評を書いて応募してもらえるよう、もう応募の受付が始まっていて、締め切りが11月9日です。この本は指定図書にはなっていませんが、新刊ですし、賞をねらうのに適した本だと思います。学生・院生諸君の積極的な応募に期待しています。(守 一雄)

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