第19巻第10号                         2006/7/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


 先月はものすごく充実した一ヶ月でした。
 5月末にニューヨークの学会から戻り、直後の1週間は普通に授業をこなしたものの、次の土日にはさすがに体調を崩し月曜日の午前中まで寝込みました。ところが、翌日火曜日に突然、今までなかなか書き出せないでいた論文の執筆を思い立ち、週末までの4日間で書き上げてしまいました。金曜の夕方にBeckyさんに英文の校閲をお願いして、翌週の火曜日に修正したものを速攻でBehavior Research Methodsにウェブ投稿しました。
 完成原稿をLoftus先生とか共同研究者のMaryanneとかに電子メールで送って一息ついていると、Maryanneから「この原稿には私たちの共同研究の成果が私とLaurenの承諾なしに書かれている」と非難するメールが届きました。この共同研究は、まさにニューヨークで共同発表をしてきたもので、それを紹介するのは別にかまわないと思っていたのですが、日本で受け入れられているこうした考えは世界的には正しくないようです。Maryanneに大急ぎで謝罪のメールを書き、投稿取り消しの手続きをとりました。そして、どの程度までなら共同研究の内容に触れてもいいかを問い合わせて、書き直しをすることにしました。そして、書き直した原稿を再投稿したのがその週の金曜日6月16日でした。
 驚いたのは週明けの月曜日19日にもう2人の審査コメントを添えてエディタから審査結果が戻ってきたことです。“小修正採択”でしたが、実質的には文法的な間違いを3カ所修正しただけで、6月29日には無事“採択”となりました。つまり、投稿から採択まで13日間という猛スピードでした。結局、この6月に書き始め、書き上げて、投稿し、一度取り下げて、書き直し、再度投稿して、修正採択になり、その後さらに2度修正して、最終的に採択になるまでがすべてこの一ヶ月間の出来事だったわけです。   (守 一雄)


 
(c)講談社

【これは絶対面白い】

キム・ジョンキュー
『英語を制する「ライティング」』

講談社現代新書¥735


 

学生 先生って、毎年、学会で外国に行けていいですねえ。私も行きたいなあ。でも、先生はどうやって英語を勉強したんですか?私も英会話の学校に通おうかな。

教授 うーむ、会話も大事だけれど、実は英語を学ぶのに一番重要な目標はしっかりとした英文が書けるようになることなんだぞ。学問の世界では唯一の重要なものは論文だ。いくら会話がうまくても論文が書けなければ誰にも相手にされない。
 学会では論文になる前のアイディアを交換したり、共同研究の相手を探したりするんだが、そのためにも、論文が書けるだけのしっかりとした論理的な話ができなければ、情報の交換もできない。第一、文章が書けないのでは、まともな議論もできないだろ。

学生 確かにそうですね。

教授 話すことより書くことのほうが大事なのは、実は学問の世界だけに限ったことじ ゃない。ビジネスの世界だって同じだよ。日本語に置き換えて考えてみれば誰にだってすぐにわかることさ。まともな文章が書けない人に仕事は頼めない。少なくとも、知的な仕事はね。

学生 だったら、英語も書くことをしっかり学ぶことが大切なんですね。でも、英作文 教室なんて聞いたことないし、どうやって勉強したらいいんでしょう?

教授 そこで、この本だ。まずこの本をよく読んでごらん。書くことの重要性がよくわかるから。そして、残念ながら会話重視になっている日本の英語教育の間違いもよくわかる。
 日本の英語教育は読み書きが中心であるかのように言われてきたが、実は“読み”はある程度教えられてきたものの、“書き”についてはほとんど教えられてこなかった。だって、英語の先生自身がまともな英文を書けないんだから教えられるはずがない。
 今考えてみると私の英語が一番上達したのも、大学院生のときにカナダの大学で論文を何度も添削してもらって書き直しを繰り返したことだったかもしれない。

学生 じゃ、私も論文を先生に添削してもらうことにします。

教授 よし、卒論は英語で書くってことだな。えらいぞ。

学生 あ、やっぱ、ノーサンキュー、です。

(守 一雄)

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