第19巻第7号                         2006/4/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

 
(c)光文社
 新入生の皆さんご入学おめでとうございます。

 DOHC(Dokusho One Hundred Club)は、1987年の春に発足した読書クラブです。といっても、特別な活動をするわけではなく「私もたくさん本を読もう」と思ったら、その時からあなたもDOHCの会員です。「1週間に2冊1単位につき2冊」という「1212運動」が会員の唯一の活動です。1年は約50週ですから1週間に2冊で年 100冊になります。また、大学における1単位は1週間の勉強時間(=45時間)に基づいていますから「1単位につき2冊」も「1週間に2冊」も結局は同じことになります。

 この「DOHC Monthly」は、会員拡大のための宣伝を兼ねた書評ミニコミ紙です。本は読みたいけど何を読んだらいいかわからないという人のために、【これは絶対面白い】という本を毎月1回紹介してきています。「DOHC Monthly」は、バックナンバーを含め、ウェブでも公開しています。

 この4月25日からは、長野駅前の平安堂書店「守教授の本棚」という期間限定のコーナーができ、このDOHCで紹介した本が並べられる予定です。

 受験準備中にはなかなか読書ができなかった人も、大学では読書時間がたっぷりあります。ぜひ読書の楽しさを知って、在学中に400冊読破を目指してください。(守 一雄)


【これは絶対面白い】

長山靖生『不勉強が身にしみる』

光文社新書(\756)


 私たちはなぜ勉強するのか、どう勉強したらいいのかについて、自身の体験に基づく考えを述べた面白い本だ。ユニークな主張が数多くみられる。

 私は読書は受験にとって無利益で、むしろ有害かもしれないと考えてきた。そして、そのことをハッキリと書いた本に初めて出会った。この本には「高校生が凝るもののなかで、いちばん受験に差し障りがあるのは読書だ(p.76)」と明記されている。

 じゃ、この本の著者、長山氏は読書を勧めないかというと、そうではない。ちゃんと「勉強の基本は読書にある。」とも述べているのだ。読書は勉強の基本だが、受験には差し障りがある。それじゃ、どうすればいいというのだ?

 「詰め込み式の知識を問うような大学入試の方がいけない」という主張がなされるのかと思ったが、そんなありきたりのことを書かないのがこの本のいいところだ。長山氏はこの本の冒頭で受験勉強は大切だよと述べているのである。入試でペーパー試験が重視されることを嫌う人は、「(自分が)勉強していないという自覚があるためではないか」自問してみろとまで言っている。知識を詰め込むことも大事なことなのだ。

 長山氏が受験に有害な読書としているのは小説である。考えてみれば、娯楽小説を読むこととマンガを読むことに本質的な差はない。テレビドラマや映画を観ることも同様である。マンガやテレビが受験勉強に有害なのは誰もが認めることであり、読書だけが害がないことになるはずがない。子どもには刺激が強すぎるドラマや映画があるように、小説だって人格形成に悪影響を及ぼしかねないものもあるだろう。

 では、小説は大人になってから読めばいいのかというと、そう単純な答えがあるわけではない。やはり若いときに読んでこそ意味がある小説も多い。いい歳をした大人が『ハリーポッター』を読んでどうするのだ。さらには、「本来、文学などというものは、禁じられているものを、隠れて読むところに醍醐味がある」というものその通りだと思う。小説ではなく、哲学書やノンフィクションを若い人に読ませたらいいのかというとこれも難しい。哲学書だって、それにハマって読みふけったり、思索に集中したりしてしまえば、受験に有害になることに変わりはない。

 読書は何かの役に立てるためにするのではなく、人生の贅沢にすぎない。贅沢をしないでも人は生きていけるように、読書なんかしなくても生きていける。贅沢は大人になって、カネとヒマができてからすればよいとも言えるが、贅沢を知らずに育った大人には贅沢は楽しめないことも確かである。

 で、結論。大学時代はその贅沢を楽しむ絶好の機会だと思うよ。

(守 一雄)

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