第19巻第2号                         2005/11/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

 
(c)講談社


【これは絶対面白い】

横山秀夫『半落ち』

講談社文庫(\590)


守 一雄の章
 二台のパソコンの立ち上げ音が重なった。
 朝八時半、守はいつものように研究室に着くなり、二台のパソコンのスイッチを入れ、机の前に座った。十年来続けてきた一日の始まりである。
 N県の県庁所在地にある国立大学教育学部教授。三十歳で職に就いて以来二十四年目、今年五十四歳になった。職に就いて五年目に、学生への読書教育のためのミニコミ月刊誌『DOHC月報』の発行を思い立ち、以来十九年、自分が読んだ本の中から「これは絶対面白い」という本の紹介をしてきた。
 発行は毎月一日としてきたが、今月はもう九日、発行が遅れているのだ。ここ一週間ほどは『DOHC月報』の原稿が書けないでいることが守の頭を離れなかった。今朝も、最寄り駅から研究室までの十分間ほどを歩きながら何をどう書くか、考えてきたところだ。
 特にサボっていたわけではない。あえて言うならば、毎年十月末から十一月にかけては、科学研究費(科研費)の申請書を書くという、大学教員の一大行事があり、守もまた、申請書作成に時間を取られていたことが影響したのかも知れない。といっても、自分の研究のための申請書を書いていたわけではない。自分の分はすでに二件採択となっていて、来年度も継続されることが内定しているため、他の教員の申請の手伝いに忙しかったのだ。
 「国立大学」も、昨年法人化され、私立大学と同様に経営感覚が要求されるようになった。他の大学との競争を常に意識せねばならない。自分だけでなく、自分の大学の評価も気になる。科研費のようないわゆる外部資金をどれだけ獲得しているかは、そうした大学評価の重要な評価項目とされている。これといって誇れるものに乏しい地方の国立大学のS大学が、心理学分野での科研費採択件数で全国ランキング十位以内というのは、密かな自慢でもあったのだ。来年度ベストテンから滑り落ちるわけにはいかない。
 リーグ発足前から応援してきたサッカークラブがカップ戦とはいえ、初優勝したことも、原稿執筆の思わぬ遅れにつながった。決勝戦があった土曜日を挟んで、前後三日は仕事が手に着かなかったからだ。
 それでも、紹介したい本はだいぶ前から決まっていた。文句なしに面白い本である。
 長編小説なのだが、各章がそれぞれ独立した短編小説としても読める内容を持つ、絶妙な構成になっている。全体を貫くのは、アルツハイマーの妻を殺して自首してきた現職警察官が、犯行後自首するまでの二日間に何をしていたのかという謎解きである。自白はした、しかし完全ではない。これを「半落ち」という。この「半落ち」の謎をめぐって、小説は展開し、捜査にあたった同僚警察官、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、そして刑務官の人生がそれぞれの章で語られるのである。
 謎解きのキーワードは「人生五十年」である。各章でいろいろな男たちの人生が語られた後、最後に謎が明かされる。泣ける。そして考える。人は誰のために生きるのか。私は誰のために生きているだろうか・・・
−−ただ問題なのは、この本が既に三年前のベストセラーであることだ。
 何をいまさら、ベストセラーを紹介するのか。最近文庫になったばかりだ、というのは一応の理由付けにはなるだろう。五百九十円でこの感動が買える。充分紹介するに値することだ。
 しかし、これだけのベストセラーである。すでに数多くの書評が書かれている。ありきたりの褒め言葉を並べたような紹介は書けない。
 守は、地元の大手書店が大学生協と共同で企画している書評コンクールの審査員を今年も引き受けていた。

−−と、作風をまねてみたが、五十四歳になっても語るほどの人生ではないのであった。

(守 一雄)

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