第17巻第5号              2004/2/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

 中田さんの名前を初めて知ったのは『脳の方程式 いち・たす・いち』(紀伊 國屋書店)という、タイトルも装丁も内容も一風変わった本ででした。面白い本 でしたので、早速DOHC第15巻第4号で紹介しましたが、その後の続編『脳の方程 式 ぷらす・あるふぁ』(紀伊國屋書店)でも渦理論というまったく新しい脳理 論を展開していて、その発想のユニークさに驚いたものです。これらの本を読ん だときは、てっきり脳の理論的学者かと思ったのですが、経歴を見るとMRI (磁気共鳴画像装置)の開発者として世界的に有名な研究者であることを知って 2度ビックリしました。ところが、今度の本で3度目のビックリをさせられまし た。中田さんは、学者・研究者である前に、優れた臨床医でもあったのです。                            (守 一雄)


 
(c)紀伊国屋書店

【これは絶対面白い】

中田力
『アメリカ臨床医物語
ジャングル病院での18年』

紀伊国屋書店(\1,500)


 アメリカの医学部(Medical Schools:日本の大学院に相当)では、医学研究よ りも実際の医療技能を備えた臨床医として優れていることが教授にも医学生にも 求められる。医学部は「医療のプロ」を養成するところであり、医療のプロに求 められるのは何よりもまず病気を治すことだからだ。そこで、アメリカの医学部 では、教授はまず良き臨床医であることが絶対条件であり、そこをクリヤーして から次に研究能力が問われる。カリフォルニア大学教授である中田さんも、まず 優れた臨床医でありつづけないかぎり、教授でいられないのである。中田さん自 身も臨床医が自分の本職だとこの本で述べている。

 東大医学部を出て助手をしていた若き日の中田さんが、家族を連れてカリフォ ルニアへ渡ったのは、アメリカでの臨床研修の素晴らしさに憧れたからだったそ うだ。そのカリフォルニアで自らが指導医として活躍するようになり、今度は日 本の医療を変えるために給料が3分の1になるのを承知で新潟大学脳研究所の COEプロジェクトリーダーとして日本へ帰ってきた。しかし、「18年ぶりに目 の当たりにした日本の医療は、予想以上に重症だった。」この本では「ジャング ル病院」と呼ばれるアメリカの地域救急総合病院で、中田さんが研修医や指導医 として経験してきた興味深いエピソードを紹介しながら、日本の医療制度・医学 教育のどこがいけないのか、アメリカの医療制度・医学教育はどう優れているの かが、わかりやすく述べられている。医学領域だけでなく、日本とアメリカの社 会制度そのものの違いがどこから生じてきているかについての指摘も鋭いものが ある。

 経歴で見る限り、帰国子女だったりしたわけではなさそうなので、言葉の問題 も含めてアメリカに渡ってすぐの頃の苦労は並大抵ではなかったろうと思われる のだが、苦労話は全然出てこない。アメリカの医学教育との対比で、日本の悪い 点の指摘がなされるが、不思議に暗い話にはならない。「無冠の天才」や「スラ ングの王様」「人生の優等生」などユニークな登場人物たちのスーパーマンぶり が痛快で、読んでいて楽しい。中田さんの恩師で、ニューヨーク系ユダヤ人2世 で、何でも知っている「無冠の天才」によれば、日本に民主主義が定着しないの は「徳川の産物」なのだという。400年もの長い間、自分自身で考えることをせ ず、従うことと与えられることに慣れきってしまったからなのだというのだ。そ んな日本を救うための道筋も提案されている。中田さんは基本的に性善説の楽天 家らしい。

 中田さんは「臨床医」であり、医学生・研修医を指導する「指導医」であり、 fMRI研究の世界的レベルの「研究者」であり、脳に関する優れた「学者」でもあ るが、これらに加えて「優れた文筆家」でもある。中田さんの本はどれも読んで いて面白いのである。世の中には才能に満ちあふれた人がいるものなのだ。          (守 一雄)


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