第17巻第3号              2003/12/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


 
(c)小学館

【これは絶対面白い】

R.プレストン(真野明裕訳)『デーモンズ・アイ』

小学館\1,900


 原題は"The Demon in the Freezer"(冷凍庫の中の悪魔)である。(邦題は第6章の章題から取ったものと思われる。)ここで言う「悪魔」とは、天然痘ウィルスのことだ。天然痘と言えば、私くらいの年代ではそのワクチンである種痘を子どもの頃に誰もがしていて、その痕が左肩には残っているはずだ。ツベルクリン注射などと違って、痛くなかったように記憶している。見にくい痕が残るのでノースリーブを着る女性が嫌がっているなどという、なんとも脳天気な話題が報道されたことも思い出される。

 天然痘は名前も古めかしく「過去の病気」という気がするし、私の子どもの頃でも種痘のおかげで日本ではほとんど制圧されていたこともあって、あまり脅威を感じないものだった。だが、実は人類にとって最も怖ろしい病気であることをこの本で初めて知った。最近になって登場したSARSやAIDSなどが騒がれているが、天然痘はこれらの百万倍も怖ろしい病気なのだ。まず、その致死率が高い。なぜなら治療法がないからだ。天然痘を発病したら運を天に任すしかない。しかも、天然痘は普通のインフルエンザのように空気感染する。体液の接触でしか感染しないAIDSでは患者が5千万人になるまでに20年かかったが、天然痘なら数ヶ月で達してしまうだろう。症状も悲惨である。天然痘患者は皮膚や粘膜はもちろん、内臓や脳などのすべての器官から出血して血みどろになって死んでいく。天然痘による死者は地球上で10億人にも上ったと推計されている。

 この本では、こんな怖ろしい天然痘を撲滅するのための世界保健機構(WHO)の取り組みが詳しく紹介されている。天然痘ウィルスの唯一の弱みは、ヒトの体内でしか生きられないことである。そこで、すでにウィルスに感染した患者を隔離して、新たな感染者を出さないようにさえできれば、ウィルスを完全に封じ込めることができ絶滅に追い込める。しかし、もし天然痘ウィルスがヒト以外の生物たとえばネズミの体内でも生きられるとしたら、天然痘ウィルスを持ったネズミをすべて完全に隔離することは不可能だから、天然痘ウィルスの絶滅も不可能ということになる。天然痘撲滅プロジェクトチームは、天然痘がヒトにしか感染しないことの確認と天然痘患者を徹底的に隔離する作戦とを同時進行させ、1979年ついに最後の天然痘患者からの新たな感染を阻止したのだった。

 これだけならNHKの「プロジェクトX」である。しかし、面白い(怖ろしい)のはここからである。天然痘ウィルスが絶滅したのは「自然界だけ」でのことで、アメリカとソ連(現在のロシア)のそれぞれ1カ所ずつの共同研究センターには「研究用天然痘ウィルス」が保存されているのである。今も液体窒素式冷凍庫の中に。もちろん、天然痘ウィルスは厳重な管理の下に置かれ、どんな外見の容器に入れられてどこに保管されているのかも極秘にされている。おそらく、モスクワでも同じような厳重な管理体制がとられているにちがいない。しかし、 「アトランタとモスクワにだけ」というのはあくまでも「公式発表」にすぎないのだ。イラクをはじめとする紛争地域の国々やかつてのオウム教団のような特殊組織が天然痘ウィルスを密かに隠し持っている可能性は極めて高いのだという。いったい何のために?

 それは生物兵器として利用するためである。著者は本書の出だしで、まずアメリカの炭疽菌テロについて詳述して生物兵器の恐ろしさを読者に示し、そしておもむろにもっと怖ろしい天然痘の話を始めるのである。炭疽菌テロでさえこれだけ恐いのに、天然痘ウィルスが生物テロに使われたとしたら・・・。著者はさりげなく、こんなエピソードも紹介している。イギリスは1763年苦戦を続けるアメリカ・インディアンとの戦いで、インディアンの族長に「天然痘病院にあった毛布を2枚」好意の印として贈ったのだという。

 天然痘テロが万一起こったとしても、種痘があるじゃないかと考えるかもしれないが、実はこの本に書かれている本当の怖ろしい話はこれからなのである。ああ、それなのにもう紹介するためのスペースがなくなってしまった。

        (守 一雄)


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