第16巻第11号              2003/8/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

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【これは絶対面白い】

G.クライツァー(竹迫仁子訳)『デブの帝国』

バジリコ株式会社(\1,500)


 今年5月末にアトランタで開かれたアメリカ心理学会に参加したときの一番の感想が「アメリカはデブが多い」というものだった。アメリカに行ったのは初めてではなかったが、思い返してみると、その前に行ったのはもう20年も前のことだ。そのときは北部や西部だったのが、今回南東部だったからなのか、それとも20年間にアメリカが変わったのか、この本を読んでその答えがわかった。もともとデブは多かったのだが、この20年間で「デブ化」が急速に進行したのだ。アメリカは「デブの帝国」(原題はFat Land)になってしまっていたのだ。

 肥満の基準となる指標としてBMI(Body Mass Index:体格指数)というものが使われる。これは体重(kg)を身長(m)の2乗で割ったもので、私の場合は63kg/(1.7m^2)で21.8である。標準値は22だそうだから、私はまさに標準くらいの体型ということになる。このBMIが25を超えると「肥満」とされるので、私の身長なら72.3kgが「肥満」の分かれ目となる。さて、アメリカではこのBMIが25以上の人口の割合が、1980年頃までは46%くらいで安定していたのが、この20年間に急上昇し、61%にまで達してしまった。簡単に言えば、「アメリカはデブが過半数」になってしまっているのである。BMIが30(身長170cmだとして86.7kg)を超える肥満度IIの成人の割合も、ここ10年間で約1割から約2割へと倍増している。この本の巻末に州ごとの統計があるが、ジョージア州もほぼ全米の平均値程度であるので、アトランタに特にデブが多いわけではないのである。

 この本を読むと、肥満の問題の根が深いことがよくわかる。「アメリカではデブは自己管理もできない人間だとみなされて出世もできない」というようなことを日本でもよく聞かされてきた。そこで、私も単なる自己管理のできないダメな人間とばかり思っていた。しかし、この本を読んで、肥満を本人の自己管理責任にだけ押しつけるのは酷であることがわかった。どちらかと言えば、肥満は病気であり、利潤追求に走る食品産業が生み出した哀れな犠牲者と考える方が適切なようである。その証拠に貧しい階層ほど肥満の問題を抱えやすい。貧しい層は黒人に多く、人種特有の問題も絡んで黒人の女性の肥満が最も激しい。

 食品産業は身体に悪いことを知っていながらも、価格が安くて加工や冷凍に適した果糖やパーム油をソフトドリンクやスナック菓子に多用する。私も、この本を読むまで「果糖」というのは「果物の甘さのもと」なんだから単なる砂糖(蔗糖)よりも身体にいいと思っていた。パーム油(ヤシ油)も植物性なので動物性の油脂よりはマシなのかと思っていた。しかし、果糖もパーム油も筋肉細胞のインスリン抵抗性を強める働きをするらしい。そして、インスリン抵抗性を持ってしまった人はいずれ2型糖尿病患者となってしまう。

 教育予算の削減などによって学校給食制度が窮地に追い込まれ、安上がりなファストフードがそれに取って代わった。さらに驚きなのは、ソフトドリンク業界が学校への寄付金提供をエサに学校と独占契約を結ぶのだという。治安の悪さのために子どもたちが外で運動できずに、テレビやテレビゲームばかりしていることもアメリカならではの肥満の原因を作り出している。子どもたちは自己管理ができないので太ってしまうのではなく、太らざるをえない環境にさらされている。そして、子どものうちに2型糖尿病を発症してしまうのだ。

 その一方で、どんなに太っていても自分の体型に自信を持たせる教育をするところが、なにごとにもポジティブシンキングが要求されるアメリカらしいところだ。自己嫌悪に陥った心身共に不健康なデブよりも、心だけでもハッピーなデブのほうがマシと考えられているらしい。太ることの問題点を強調しすぎると、拒食症などの別の問題を引き起こすというジレンマもある。「肥満の問題視が裕福な白人の拒食症患者を一人生み出す。でも、問題の過酷さを控えめにいうと、貧しい肥満の少女を10人安心させてしまう。」のだという。

 お笑い本のつもりで読み始めたが、実は深刻な本だった。地球規模で見れば肥満よりも飢餓の方が大きな問題である中で、結局のところアメリカにおける肥満問題の発端はアメリカで食糧が安く大量に生産されすぎることにある。両方を同時に解決できるような、なにか良いアイディアはないのだろうか。 

(守  一雄)


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