第16巻第3号              2002/12/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


 以下は、1994年9月号で深川鳥緒『コンピュータグラフィックのすべて』(オーム社1400)を紹介したときに作ったSFショートショートの再録です。まだ、パソコン通信しかなかった頃に書いたものですが、少なくとも前半部分はホントにこんな風になりましね。そして、後半部分の実現に向けての研究の最前線がわかる手軽な本が出版されています。


SFショートショート『カタログショッピング』D.Ohc作(守一雄訳)

 西暦20XX年、情報ハイウェーは世界中の国々に完備し、人々は自宅に居ながらにして、ありとあらゆる情報をマルチメディアで手に入れることができるようになっていた。ショッピングも家庭の端末からでき、支払は銀行から自動的に引き落とされた。20世紀の終わりにもこうしたカタログショッピングが行われていたが、21世紀では、印刷された分厚いカタログの代わりに、コンピュータグラフィックスで商品がマルチメディアディスプレイ(20世紀でのテレビ画面のようなもの)に表示され、実物そっくりの「商品像」を見ながらショッピングが楽しめるのだった。  こうしたカタログショッピングの恩恵を最もうまく活用したのは家具販売会社だった。なぜなら、カタログショッピングにより、広い場所を取る商品展示スペースがまったくいらなくなり、注文を受けてから、世界中に点在する家具工場で商品を生産し、直接に消費者に届ければよい。大幅なコストダウンが可能となった。

 ニューヨーク・ファニチャー会社(ニフコ:NYFCO)もカタログ販売で急成長した会社だった。注文を受け付けて、それに応じて最も近い工場に生産の指令を出すだけだったから、会社名にもかかわらず、本社はバングラデシュの小都市にあった。

 ニフコが急成長した最大の理由は、商品の家具をマルチメディアディスプレイの中にではなく、買い手が家具を置きたいと思っている場所そのものに「投影」できる装置が開発されたからであった。ソファーもテーブルも実物そのままといった感じで部屋の中に映し出され、うっかり腰をおろして尻もちをつく者までいるほどだった。従来の家具販売店もこれに対抗して、客が自分の家の間取りデータをフロッピーに入れて店に持ってくれば、部屋そっくりの空間に実際に家具を置いてみることができるようなシステムを開発していた。しかし、自分の家の像を家具店に持って行くより、家具の像を自宅に持ってくる方が簡単で便利なのは当然であり、ニフコ方式の優位は揺るがなかった。

 商品像の椅子に座ろうとして尻もちをついたり、商品像のテーブルに食器を置いて食器を壊したりといった笑い話のような事故をなくすため、ニフコはカタログ(=商品投影装置)に決定的な改良を施した。この改良により、視覚だけでなく、触覚的にも実物のような感覚が味わえるようになり、家具の質感も本物そっくりとなった。この新しいカタログは今まで以上の大ヒットとなり、全世界の数十億の家庭にあっという間に広まった。

 しかし、皮肉なことに、この新しいカタログの登場と期を同じくして、ニフコの販売成績は急降下することになってしまった。ニフコのマーケティング部門の緊急調査によれば、この新しいカタログが届いた家庭では、カタログの椅子に座り、カタログのテーブルで食事をして、実物を注文しなくなってしまっていたのだった。

 
(c)筑摩書房


【これは絶対面白い】

舘 すすむ(日章)『バーチャルリアリティ入門』

ちくま新書\700


 8年前に深川さんの本を紹介したときバーチャルリアリティという言葉は知らなかった。コンピュータグラフィクスが作り出せるバーチャルな世界は視覚世界だけだが、舘さんが目指しているのは五感すべてにおいてバーチャルな体験が可能な世界だ。そのためには、人間の感覚や知覚の仕組みについて知らなければならない。この本ではこうした感覚・知覚についてのわかりやすい解説もなされているので、基礎的な心理学の勉強にもなる。「バーチャル」という言葉は日本では「仮想的」と訳されることが多く、原語の持つ「実質的な価値があること」といったニュアンスが歪められていると以前から不満に思っていたのだが、「ヒラリー・クリントンこそがバーチャルプレジデントだった」というわかりやすい例で、「仮想的」という訳語が間違いであることを指摘してあったのも大変うれしい。       (守 一雄)


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