第15巻第5号              2002/2/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


【これは絶対面白い】

内田勝晴『家康くんの経済学入門』

ちくま新書\680

 経済学における貨幣の役割を江戸時代以降の日本の経済史と絡めて説明してくれるのがこの本だ。実は、公務員試験を目指している学生と一緒に少し経済学の勉強をしてみたことがあるのだが、どうもよくわからなかった。それが「乗数効果」とかの意味もこの本で初めてわかった。「兌換紙幣」から「不換紙幣」への移行の理由や、基軸通貨の発行権を持つことの有利さなども納得できた。何よりも、「貯蓄は善である」という疑うこともなかった考えが、見事にひっくり返されたことが新鮮な驚きだった。

 ものごころついた頃から「貯金することはいいこと」と繰り返し教えられ、お正月にもらったお年玉もそっくり貯金するのが当たり前だった。大人だって、生活費に余剰が出れば、それを消費してしまうよりも、将来のために貯蓄することが美徳とされてきたはずだ。だからこそ、日本人家庭の貯蓄率は先進諸国の中で飛び抜けて高く、そうした日本人の貯蓄率の高さが戦後の日本経済を支えてきたのだとも言われていたと思う。

 ところが、この本によれば「貯蓄は悪」なのだという。それは貯蓄がお金の流れを止めることだからである。子どものトランプ遊びの「7並べ」で考えるとわかりやすい。「出せるカードをあえて出さずに止める」ヤツがいると、みんなが迷惑するのと同じことだ。不景気とは、みんながお金を使わないことで、その結果、社会全体のお金の流れが悪いことを言う。今、問題となっているこの不況も結局のところ、みんながお金を使わないからなのだ。

 では、なぜ貯蓄が善であるかのような教育がなされてきたのだろうか?実は戦後の高度成長期には、「貯蓄」はすなわち「投資」であった。国民の多くがした「貯蓄」は企業に貸し出され、ちゃんと使われていたのだ。私の銀行預金が企業に貸し出されてその企業が設備の購入を行えば、私が間接的に設備を買ったことになるわけだ。これに対し、「タンス預金」は間接的にも使わないのだからダメだということになる。

 銀行に預けたお金が企業に貸し出されないと「タンス預金」と同じことになってしまう。現在の不況もこう考えるとよくわかる。銀行にお金があっても、それを借りてくれる企業がないのだ。もっとも、厳密に言えば、「確実に返してくれそうな優良企業の中にお金を借りてくれるところがない」ということらしい。銀行は不良債権に懲りて、優良企業以外にはいわゆる「貸し渋り」をしているため、お金が流れていかないのである。

 考えてみれば、貯蓄することの問題点に気づくチャンスがまったくなかったわけではない。生態系が維持されていく原理は、すべての生き物が収支ゼロで暮らすことである。何億と卵を産む魚が海に溢れてしまわないのも、親にまで成長してまた卵を産めるようになるのは平均してオスメス2匹になってしまうからにほかならない。リスが貯め込んだドングリもそのほとんどは「消費」されて、森がドングリで溢れてしまうことにもならない。すべての生物は貯蓄をする余裕のないギリギリの生活をしているのであり、だからこそ限られた資源が循環していくのだ。

 では、この不況を脱するために「みんながもっとお金を使えばいいのか」というとそうではないとも思う。持続できる循環型社会にするためには、貯蓄も確かに悪であるが、一方的な経済成長も悪なのではないかと思うからだ。この辺についてはまた別の本で勉強しないといけないのだろうが、現在の状況を見ていると現代の経済学の中にその答えは見つからないようである。どんな学問分野でも知りたいことのほとんどはまだ答えの見つからない謎の世界なのである。

 日本が経済大国になって久しい。日本国民の経済行動が世界経済にも大きな影響を与えるようになっている。しかし、考えてみると私たちは経済学をほとんど学んできていない。中学校までの教科に経済学はなく、社会科で取り扱われるとしても、ほんの一部にすぎない。信州大学教育学部にも経済学を専門とする教官がいない。それでなくとも学校というところはとかく「社会主義的」で、お金のことは避けられがちだ。だが、資本主義社会の一員として生きていくためには経済学についてもっと知る必要があるし、小中学校での日常の活動にももっと経済学的な視点を取り入れるべきだ。卒業を間近に控えた4年生諸君、最後の試験が終わったら、社会に出る前にぜひこの本を読んでおこう。 (守 一雄)

 


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