第14巻第8号              2001/5/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


【これは絶対面白い】

山岸俊男『社会的ジレンマ』

PHP新書¥660


 「社会的ジレンマ」というのは、「人々が自分の利益や都合だけを考えて行動すると、社会的に望ましくない状態が生まれてしまうというジレンマ」のことを言う。たとえば、キャンパス内の駐輪状況を考えてみよう。誰もが皆、きちんと決められた駐輪場に自転車を置けば、キャンパス内は整然とする。しかし、駐輪場に留めるより、建物の入り口に置く方がすぐ教室に行けて楽だ。一人くらい入り口に自転車を置いてもそうじゃまにはならない。そう考えて、誰もが入り口に自転車を置くようになると、建物の出入口が自転車で溢れるようになってしまう。空き缶の散乱も、ゴミ問題も、地球の温暖化問題もどれも社会ジレンマなのだ。

 どうすれば社会的ジレンマを解決できるか。心理学・社会学・経済学・政治学などの学問分野で研究がなされてきている。社会的ジレンマに悩まされるのは人間だけではない。ワシやタカの接近に気づいた小鳥が、群の仲間に警戒の声を上げるかどうかも社会的なジレンマを引き起こす。自分の都合だけを考えるなら、警戒の声を上げて敵に存在を知られるより、まずはこっそりと群の中に逃げ込む方が安全である。しかし、皆がそう考えて警戒音を出さないと、群全体が危機に陥ることになる。小鳥たちはこの社会的ジレンマをどう解決しているのだろうか。そこで、生物学者によっても社会的ジレンマの研究がなされている。

 この本では、心理学における研究成果を中心に、社会的ジレンマ研究の最新の成果が紹介されている。社会心理学である著者らは、社会的ジレンマ状況を実験的に作り、人々がどのように行動するかを調べる巧妙な実験を繰り返すことで、社会的ジレンマについて研究をしてきている。たとえば、社会的ジレンマの実験は次のようになされる。4人の大学生に参加してもらい、各人に参加の報酬として1200円が支払われる。その際、参加者はその一部を「寄付」することができることが知らされる。そして、「寄付」された金額は2倍にされて他の3人の参加者に分配されるのだ。そこで、4人がすべて「他人のことを考えて寄付をする」ことにすれば、「寄付」された総額4800円の2倍の9600円が全員に分配され、結局、一人あたり2400円もらえることになる。これが最も望ましい結果のようであるが、個人の立場で考えてみると、もし「他の3人が全額を寄付しているとき、自分だけは寄付しないことにすれば」自分の1200円を確保した上に他の3人からの寄付(の2倍)の分配も受けられるため、総額3600円ももらえることになる。他人は自転車置き場に置いていて、自分だけが建物の前に留めるのが一番好都合なのと同じだ。しかし、誰もが自分の都合だけを優先させるようになれば、結局は全員が損をすることになってしまう。この実験でも、誰も「寄付」をしなくなれば、一人あたりの報酬は1200円に減ってしまう。みんなが協力すればその2倍の2400円もらえたはずなのに、半額になってしまうのだ。実験の結果でも、参加者は平均して1200円の4割程度を「寄付」するに留まった。

 社会的ジレンマの解決のためには、自分勝手な行動を慎むよう教育すればよいと思うかもしれない。しかし、そうした教育で簡単に解決できるほど物事は単純ではない。現に空き缶の散乱はいっこうに解決しそうにない。自分勝手な行動に罰を与えるような仕組みを作るのはどうだろうか。もちろんこれも試みられているが、駐車違反に反則金があっても、駐車違反がなくならないことをみると罰の効果も限られることがわかる。ではどうすればいいのか。同じ著者が10年前に書いた『社会的ジレンマのしくみ』(サイエンス社)では、社会的ジレンマのメカニズムについてよく知ることによって「合理的な思考をすること」が解決策と考えられていた。中途半端に他人を思いやるよりも、各個人が徹底的に利己的に考えて行動することが結果的に最も望ましい行動の選択につながるというのである。利益を最大にしようとすれば、結局1200円を寄付するようになるというわけだ。

 しかし、最近10年間の研究により、この結論は大きく変わった。合理的な思考よりももっと「かしこい」やり方があることがわかったのだ。ここでは著者が提示する最終的な結論を紹介するのはやめる。それはこの本を読んでのお楽しみである。  (守 一雄)


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