第14巻第6号              2001/3/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

 
(c)角川書店
 

【これは絶対面白い】

志麻永幸『愛犬家連続殺人』

角川文庫\619


 「殺人事件、特に連続殺人事件が最も頻繁に起こるのは推理小説の中である。」と言われる。この本も題名だけを見ると、赤川次郎あたりが書いた娯楽推理小説のようである。しかし、これは1993-94年に埼玉県で起きた実際の事件を「共犯者」とされる著者自身が書いた実話なのである。(本名で書いた山崎永幸『共犯者』新潮社を文庫化にあたり、著者・題名とも変更したものであるという。)

 そういえば、確かに数年前、自称「犬の訓練士」という男が筋肉弛緩剤などを使って愛犬家を何人も殺していたという事件があったなと思い、その事件だと思って読んでいたが、それはよく似てはいるものの大阪で起きた別の事件だった。事件の内容はこちら埼玉の事件の方がずっと凄い。にもかかわらず、記憶に残っていないのは、大阪の事件と混同されてしまったことのほかに、この事件が報道されるようになってすぐに阪神淡路大震災があり、マスコミなどの報道もそちら一色になってしまったからだと巻末の「解説」にはある。

 しかし、こんなにも衝撃的な事件がほとんど記憶にないのも腑に落ちないので、念のため、朝日新聞の記事データベースを調べてみると、次のような記事など63件が1995年に確かに報道されていた。

 
「元役員の供述、決め手 関根容疑者の殺人自供 埼玉の愛犬家殺人事件」
'95.1.8 朝刊 27頁 写図無 (全535字)
 死体遺棄などの疑いで逮捕された犬猫繁殖販売業・関根元容疑者(五三)が、
産廃処理会社役員・川崎明男さん(当時三九)の殺害を自供したのは、同容疑者
の経営しているペット販売会社の元役員(三八)の詳細な供述が決め手となった。
元役員は関根容疑者らの「下働き役」として、犯行をつぶさに目撃していた。
(以下略)

 この記事にある「元役員」というのがこの本の著者である。後の方の記事では実名も登場する。記事の内容も本書で読んだとおりである。本当に実話なのだ。そして、「犯行をつぶさに目撃していた」著者がその詳細を生々しく綴ったのが本書なのだ。

 さて、前置きが長くなったが、この事件の凄まじさは、犯人の関根元が何人もの殺人を犯しただけでなく、死体を解剖し、骨だけは高温でゆっくりと焼いて灰にした後で、サイコロ状に切り刻んだ肉片とともに川に流してしまうことで、死体を跡形もなく消してしまっていたということにある。物証となる死体が出てこないかぎり、警察もどうしようもない。「完全犯罪」になってしまうのだ。新聞記事にもあるように、この「共犯者」詳細な供述が犯罪立証の決め手となっているのである。

 こんな凄い事件の全貌は、通常、検察側が作った調書でしか明らかにされない。しかし、調書はもともと人に読ませるためのものでないから、読むに耐えないものになってしまう。書き手にも才能が要求されるのである。凶悪な殺人事件の犯人にそうした才能を持つ者はまれだろうし、死刑になってしまえば書くこともできない。(特異な事件の主犯人がある程度の文才もあったという例は、留学先のパリで恋人を殺して食べてしまった事件を綴った佐川一政『霧の中』(話の特集)が例外中の例外だろう。)

 この事件の主犯、関根元にはそうした才能はなかっただろうが、「共犯者」にはあった。この本が「犯罪ノンフィクション史に残る傑作」(「解説」の茶木則雄氏)とされるのは、事件そのものの衝撃度に加え、著者の文才によるところも大きい。これだけの奇異な事件に巻き込まれ、それを身近でつぶさに傍観するという機会がきわめてマレな上に、その傍観者がその体験をこれだけうまく文章にまとめることができる者だったというのはほとんど奇跡に近いことである。私はこの本を読んでいる間、まるで私自身がこの「共犯者」になっているかのように感じていた。これはスゴイ本である。     (守 一雄)

【その後いろいろ調べてみたところ、関根容疑者の裁判は浦和地裁で昨年10月にようやく結審し、奇しくも今月21日に判決が出されるという。関根容疑者は犯行を否認していて、「物証がないので無罪」という可能性もあるのかもしれない。判決に注目したい。】


【2001年3月21日浦和地方裁判所は関根容疑者と元妻に対し、求刑通り「死刑」の判決を出した。両容疑者とも控訴したという。】
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