第14巻第5号              2001/2/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

【これは絶対面白い】

J.バトラー『マーシャとダーシャ』

講談社\1600


 「ノンフィクション」とされているが、「これは本当だろうか!?」というのが読んでいての一番強い感想だった。

 マーシャとダーシャは、結合性一卵性双生児の姉妹である。「結合性一卵性双生児」はいわゆる「シャム双生児」で、日本では分離手術をおこなったベトちゃんとドクちゃんの例が有名である。マーシャとダーシャは1950年1月モスクワ生まれ、現在51歳で、モスクワ第六老人ホームに在住の世界で最も長寿の結合性一卵性双生児であるという。

 この本は、イギリス人女性ジャーナリストが、2人の存在が公になったペレストロイカ後に、2人に2年間にわたって取材し、本人たちの「自伝」としてまとめたものである。そこで、本文は、マーシャとダーシャが章ごとに交互に語るという体裁になっている。編者によれば、「語られている出来事はすべて2人の記憶に基づく事実である。」という。

 冒頭に書いたように、何度も「これは本当だろうか!?」と思ってしまったのは、旧ソビエト体制下とはいえ、この2人が人間としてではなく「研究対象として実験動物のように育てられ」たなど、信じられないようなことがらが語られているからである。マーシャとダーシャは出生後すぐにモスクワ生理学界の重鎮アノーヒン教授に引き取られ、2人の母親には2人が「肺炎を起こして死んだ」と嘘が告げられたのだという。そして、2人はその後、極秘のうちに、研究対象としてだけ生かされてきたのである。

 パヴロフの弟子であったアノーヒンは、人間の性格や行動が何によって決まるのかを研究していたという。これは心理学である。確かに、遺伝子も全く同じで、全く同じ環境に育ち、全く同じ血液が流れているマーシャとダーシャがどんな性格になるのかは興味深い、と考えてしまう自分自身に気づくと恐い。

 マルクス・レーニン主義が学問までを支配していた当時のソビエト連邦では、「性格は遺伝子などではなく、環境にのみ支配される」と決まっていて、これに疑問を持つことさえ粛正の対象とされたのだそうだ。アノーヒンは、科学者としてこれに疑問を持ち、2人を格好の研究対象としたのだという。

 ところが不思議なことに、遺伝的にも環境的にも全く等しいはずの2人の性格は見事に違っている。マーシャは気が強く反抗的で自信に満ちているのに対し、ダーシャはおとなしく内気である。だが、知的な面でも行動でも発達が早かったのはダーシャの方だという。

 なぜ、何もかも同じのはずの2人の性格がここまで違ってしまうのか?小さいときからより知的でおとなしい性格だったというダーシャはこう述べている。「たぶん4歳か5歳になった頃だと思うが、これでは生きていけないと悟った。それで、私がマーシャに合わせることにした。どちらかが相手に合わせないかぎり、わたしたちはなにもできないのだ。」つまり「役割分担」である。テニスのペアや夫婦と同じだ。

 ただ、ダーシャがマーシャに合わせることにしたのは、もともとダーシャの性格がマーシャより従順だったからで、循環論法になってしまう。考えられる仮説は、最初の小さな差が偶然によって生じ、その後は、それが増幅されていったというものであろう。そして、これは通常の「分離されている」一卵性双生児の場合でも同じことになるのであろう。たまたま「兄(姉)」とされた方が、徐々にお兄(姉)さん的に振る舞うようになり、その役割を取得していくのである。そこで、逆説的になるが、一卵性双生児は一緒に育てられるほど「役割分担」によって違う性格になり、養子などに出されて別々の環境に育つ方がかえって性格が似てくることになる。もっとも、この2人も中年になってからは、だんだん性格が似てきたという。

 その他、思春期のダーシャの恋のエピソードや性の問題、障害者の福祉の問題など、興味深い話が満載である。頁の角を折った後がたくさん残っているが、とても全部は紹介しきれない。始まりの部分は、幼い障害を持った少女が実験動物のように取り扱われる悲惨な話であるが、最後はこうした伝記を出版する気になるなど、ある程度幸せに生きているようなのが、せめてもの救いである。しかし、これは本当の話だろうか。 (守 一雄)


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