第14巻第4号              2001/1/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)

 新年、そして新世紀あけましておめでとうございます。

 といっても、もう1月10日になってしまった。ここ数年来にない、発行の遅れである。年末から、この号で紹介する本を考えていたのだが、いい本が思いつかず、結局年があけてしまい、年明け後もだらだらと10日がすぎてしまった。

 紹介する面白い本が見つからない理由を改めて考えてみたのだが、昨年秋に始めた自転車通勤のせいらしいことがわかった。『JAF-MATE』の書評で疋田智『自転車通勤でいこう』(WAVE出版1,500円)を紹介した際に、疋田氏の主張を確かめる意味で、自転車を買い、自転車通勤をしてみた。その結果、確かにいいことずくめであることがわかった。自宅と大学間は約7kmなのだが、片道約30分、適度な運動にもなるし、風を切って走るのは快適である。それまでの電車通勤と時間的にもほとんど差がないのだ。自宅から大学までは全体にやや登りなので、行きは少ししんどいが帰りが楽なのもうれしい。自動車と違って排気ガスも出さないし、今まで知らなかった街並みが新鮮でもある。

 しかし、やはりいいことばかりではなかったのである。電車通勤では行き帰りに10分ずつとはいえ本が読めた。往復で20分の読書時間が、自転車通勤では消えてしまった。1日わずか20分とはいえ、毎日のことなのでこれは大きい。しかも、それだけではないこともわかった。電車を降りるときには読書は中断されるが、面白い本はつい続きを読みたくなり、電車以外でもちょこちょこと読む機会を作ることになる。ところが、こうした「わずかずつでも読む」というきっかけがなくなると普段の生活でも読書をしなくなってしまうのだ。結局、まとまった読書時間は寝る前だけになってしまった。

 電車通勤の前後の歩く時間も無駄ではなかった。歩いている時間は考えている。今朝も、このDOHCに書く文章を考えながら歩いてきた。歩く時間は約15分間、これがまたちょうどいいようなのだ。というのも、歩きながら考えるのだけでは、どうしても考えがすっきりとはまとまらない。やはり、しっかりと考えるためには、今まさにしているように、パソコンの画面に向かって実際に文章に書いてみる必要がある。

 そして、ここでやっと今回紹介する本につながるのだが、この本で哲学者の信原氏が主張するように、考えるというのは、結局のところ、文章に書くことなのだ。歩きながら考えているのでは、あたかも暗算をしているようで、ある程度以上複雑になってくると細部が不鮮明になって、なにかもどかしい感じがしてくる。信原氏によれば、計算は脳だけでなされるのではなく、紙に書かれるという行為を含めた一連の操作全体によってなされる。暗算は、そうした操作を内在化させただけなのであって、暗算をしている場合にも、「頭の中で筆算をしている」ことに変わりはないのだ。そして、考えるということも言葉を使うという一連の記号操作全体でなされることなのであって、声帯を使って声に出したり、紙に書いたり(ディスプレイ上に表示したり)することも考えることの重要な一部分なのである。さらに、信原氏はこの主張を押し進めて、声に出したり紙に書いたりする脳の外での行為こそが思考の本質であるとさえ主張するのだ。脳が考えるのではない、指とワープロが考えるのだ。

 では、脳は考えないのか?もちろん、そんなことはない。ただ、脳が行う本質的な行為は、「ぱっと思いつく」ことや、連想するようなことだけなのである。計算の比喩で言えば、876×26の計算をする際に、2つの数字を桁を揃えて2段に書いて、1の位から順にかけ算をしていくとき、6×6を36に変換するのは脳がするのだ。しかし、それ以外の一連の記号操作は脳だけではできないので、手や紙を使って補ってやらねばならない。考えることも同様である。ぱっとわかるようなことは脳だけでできるが、複雑な思考は言語を使わないとダメなのだ。学会発表でも、ぱっと見てわかるプレゼンテーションが全盛の中、哲学者は頑なに言葉だけの発表を続けているが、これも脳を甘えさせないための彼らの知恵だったのである。そうしてみると、文章を読むこともまた考えることである。そして、本を読むことはその本の著者と思考を共有することであり、思考の訓練でもある。自転車通勤で身体を鍛えるか電車通勤で脳を鍛えるか、私はやはり後者をとりたい。      (守 一雄)


【これは絶対面白い】

信原幸弘『考える脳・考えない脳』

講談社現代新書\660


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