第13巻第11号              2000/8/1
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DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行[発行責任者:守 一雄]

(kazmori@gipnc.shinshu-u.ac.jp)


 
copyright新潮社

【これは絶対面白い】

サイモン・シン『フェルマーの最終定理』

新潮社\2,300


 誰でも知っている有名なピュタゴラスの定理「直角三角形において、斜辺の2乗は他の2辺の2乗の和に等しい」は、x^2+y^2=z^2(^2は2乗:zが斜辺、xyが他の2辺)と書き表せるが、これまた誰もが知っているようにx,y,zには3,4,5のような整数解(「ピュタゴラスの3つ組数」)が存在する。ピュタゴラスは紀元前6世紀の数学者であるから、このことはもう2,500年以上も前から知られていたわけである。うーん、数学の歴史は長い。

 さて、フェルマーであるが、フェルマーは1601年生まれのフランスの数学者で、今からちょうど400年前に生まれたことになる。フェルマーはいたずら好きで「人を困らせて喜ぶようなところがあった」という。いろいろな証明問題を作っては他の数学者に送りつけ、できるものなら証明してみろと相手を挑発し、からかうのが格別の楽しみだったようである。そのフェルマーが300年間以上に渡って、世界中の数学者を悩まし続けることになったのが、「フェルマーの最終定理」と呼ばれるものである。それは、「ピュタゴラスの3つ組数は、x^n+y^n=z^nでnが3以上の場合には存在しない」というものである。フェルマーは、この定理を本の余白に書き付け、しかもこのいたずら好きの天才はこんなメモを書き添えたのだ。「私はこの命題に真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。」

 その後、何世紀にも渡って、世界中の数学者がこのフェルマーの謎かけを解こうと苦心するのだが、21世紀を目前にして、ついにイギリスの数学者ワイルズがこの証明に成功したのである。フランス人のフェルマーが特にからかいの対象にしていたのがイギリス人数学者であったことを考えると、ワイルズが最終的にこの証明に成功したことは、イギリス人にとっては特に意味深い。そこで、さっそくイギリスのテレビでドキュメンタリー番組となったのである。サイモン・シン氏はサイエンス・ライターとでもいうべき人だが、その番組のために、難しい数学をここまでわかりやすく、そしてドラマに仕立てた力量はたいしたものである。これは面白い。夏休みの読書に絶対のオススメである。

 実は、証明が結局どういうものであるのかは、この本にも詳しく書かれているわけではない。それでも、その証明の偉大さがわかったのは、なんの関係もないと思われるようないろいろな数学の分野が紹介され、それらが最終的な証明のための部品としてひとつひとつ収まっていくことが、やさしい例を示しながら本当にわかりやすく解説されているからだ。高校で習った数学のいろいろな証明方法が復習できて、補遺として巻末に証明例が紹介されているのも嬉しい。

 この本の素晴らしさは、フェルマーという超一級の数学者とその謎に焦点をあてながら、数学そのものの面白さを存分に描き出していることにもある。数学は美しさを求める学問であり、「学問の女王」とも呼ばれるが、これは本当に究極の知的遊びであることがよくわかる。「x^4+y^4+z^4=w^4を満たす整数解はない」という、フェルマーの定理によく似た「オイラーの予想」と呼ばれるものがある。この予想も200年間証明されなかったが、1988年に2682440^4+15365639^4+18796760^4=20615673^4という「反証」が見つかって予想が正しくないことがわかったのだという。いったいどうやって探したのか、ただただあきれるばかりだが、証明されるか反証されるかまではけっして真実とは認めないという数学者の信念のすごさがわかる好例である。

 最後に、翻訳の見事さにも言及しておきたい。青木薫さんは京都大学大学院修了の理学博士号をもつ女性翻訳家。フェルマーの定理の証明に重要な役割を果たしたのが「谷山=志村予想」であるなど、日本人数学者が数多く登場してくることもあって、翻訳であることを忘れて読んでいたくらい、自然な日本語になっている。     (守 一雄)


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