山岸俊男
『心でっかちな日本人:
集団主義文化という幻想』
日本経済新聞社

学生  授業で課題図書だった『社
会的ジレンマ』が面白かったので、
同じ著者の新刊『心でっかちな日
本人』も買って読みましたよ。

教授   おっ、さすがは私の研究室
の学生だな。近頃の学生にはめず
らしいことだ。で、どうだった?
面白かったかい?

学生  ええ、前の本でも紹介され
ていたいじめの例が「頻度依存行
動」という概念を使ってさらに詳
しく説明されていました。同じよ
うなクラスでも、いじめが起こっ
たり起こらなかったりすることが
こんなに見事に説明できるなんて
驚きです。

教授  頻度依存行動っていうのは
「みんながするなら私もしよう」
と多くの人が考えて行動すること
だな。この単純な行動原理が状況
の違いによって大きな結果の違い
を生み出すわけだ。

いじめの例で言えば、たまたま多
くの子どもがいじめを止めようとし
ていれば、止めようとする子はさ
らに多くなり、いじめのないクラス
になるが、止めようとする子ども
が少数だと止めようとする子の数
は増えていかないため、いじめが
続いてしまうことになる。

学生  みんなの考えていることは
同じなのに、ちょっとした理由で、
良い方に転んだり悪い方に転んだ
りするんですね。それなのに、い
じめがなくならないクラスは「子
どもたちが冷淡だ」とか無関心だ
とか言われてしまう。

教授  そういうふうに何でも心の
せいにしがちなことを「心でっか
ち」って呼ぶわけだな。山岸先生
はこの本で、心ではなく、この頻
度依存行動の観点から日本文化全
体をとらえなおそうとしているん
だ。たとえば日本企業の終身雇用
制度やエージェント問題といった
経営学や経済学の問題も取り上げ
られている。

学生  それをいろいろな巧妙な心
理実験で実証しているところがと
くに面白いですね。相手を信頼し
て、手元の三〇〇円を全部預ける
かどうかとか、五〇〇円を仲間と
それ以外とにどう分配するかとか。
日米比較もされているし、私だっ
たらどうするだろうかって考えな
がら読みました。

教授  いろいろな状況を想定して
実験をしてみれば、しがらみのな
い状態で本当は人はどう行動する
のかがハッキリするんだ。こうし
た実験を駆使して仮説をひとつず
つ検証していくのが心理学という
学問の醍醐味なのさ。そうしない
と、学者だって「心でっかち」に
なってしまいがちだからね。