上田に似合う植物                                塚原吉政

宮沢文四郎著 「庭木の民俗誌」(銀河書房 1985年10月15日刊)より

 「私が佐久から上田に居を移したのは、五年前のことである。庭木の民族に興味を

持っている私には、上田は石榴の多い街だというのが、第一印象であった。

旧家は勿論、新築された家にも石榴がみられる、花期を迎えると、“上田は石榴の街”という印象を私に与える。」

 

宮沢文四郎先生は当事上田東高校教諭で、「庭木の民俗誌」を伊那史学会の『伊那』に連載されてきました。

私は宮沢先生のファンで、この「庭木の民俗誌」が小冊子として出版されることを大望しておりました。

そして出版された暁には、10冊ほど先生にサインしていただき、

私の知人に読んでいただけることが大きな喜びでした。

 

それから16年後、今私は上田周辺の植物を、私なりにまとめて見ようと思い。宮沢文四郎著「庭木の民俗誌」より

抜粋しながら、私なりの表現をさせていただきます。

ザクロの実

鬼子母神さま

日本一雨の少ない地で !

上田は年間降水量900mmと日本一雨の少ない地域です。冬期はバリバリに乾燥した凍結で、

植物の樹皮が痛みます。夏になれば一ヶ月の上も雨の降らない日が続き、山の木々が真っ赤に焼けだだれ、

それでも生き続けられる植物は大変な訳です。

例えば山の尾根と沢での植生の違い。北斜面と南斜面での違い、東斜面と西斜面との違い。

こんな単純な違いが、微妙に植物の生育条件を左右いています。

ましてや、高速道路の法面のように、大型機械で整形し、そこに植栽された植物で、

地に根を下ろし、すくすく成長する植物は非常に少ないと思います。 私は100種

類を超える植物を高速道路の法面に植えてきましたが、

その中で、生き続け、群落を形成してくれる植物は非常に少ない状態です。

 

宮沢文四郎先生いわく、上田に似合う植物は「石榴」に「夏目」ということになります。

上田の気候・風土や民俗性というものが大きく関わって、上田の庭木として育まれて来たのでしょう。

庭木のほとんどが縁起をかついだり、魔よけ・鬼門除け、御神木とされたり、

果物などの生り物(食用)とされたり、薬用とされたり、柏餅のように懐敷と実用という面があったのでしょう。

勿論「落し紙」としてトイレットペーパーの役割や建材・生活用具としての利用は日常不可欠だったことでしょう。

たかが庭木といっても、その土地土地によって古くからの人間との関わりによって育まれて来ました。

そのことが重要な地域文化というものを築いてきたのでしょう。そ

して伝統というものが育ったのでしょう。その代表的なものが、

日本の代表的寡雨(かう)地帯の上田こそ、地中海沿岸が原産地とされるザクロとの関わりの文化が

育ったのでしょう。

ザクロ祭りの行列

本陽寺境内

ザクロ祭りで売られているざくろの実 

本陽寺本堂

石榴祭り

9月14日15日は石榴祭りです。上田市本陽寺には子供の健康を願い無病息災を祈

願したり、育児・安産をとなえる神として信仰されていたようです。

特に「寝小便」に効くと云われ、私は母におぶさり、お参りに行ったようです。

 

ここでお祭りされている神は「鬼子母神」と言われ、容姿端麗の女神は、心はまったく逆で

いつも人間の子供を食べていたと云われ。

お釈迦様はあるとき、女神が一番かわいがっていた末子「愛奴」を隠してしまいました。

「愛奴」をどこを探してもいないことに気づいた女神は、子供を食われた人々の悲しみを、

お釈迦様に悟さられ、人間の子供を愛するようになり、「鬼子母神」として信仰されるようになったそうです。

なぜ石榴とのかかわりがあるか? 不思議でしょう。

人間の肉はちょっと酸味があります。女神は人間の子供を食べたくなったとき、

ちょっと酸味のある石榴の実を食べたのです。

 現在でも人間の肉の味がする、、、それは鯛の肉だそうです。鯛は海に落ちた土左衛門を、

鋭い歯で食いちぎり、食べるのだそうです。

牛も鰻も、食べてる餌によって味が変わるのだそうです。土左衛門を食べる鯛は人間の味がするのかも知れません。

古代信仰において女神像が生産・生殖の象徴とされていたようです。ザクロの女神という、

モナリザと同じく謎の微笑をたたえたギリシャの大理石彫刻があります。

この女神は右手に吉祥果と云われるザクロの実を持っています。

「鬼子母神」と同一の女神なのかわかりませんが、この女神も古代信仰から生まれたのでしょう。

アダムとイブの禁断の果実はリンゴではなく、「ザクロ」ではないかと、云われる説

があると云われ。ザクロは種子が多いので、五穀豊穣とか、子孫繁栄とかの祈りが込められたようなのです。

ハスも種子の多い植物で「ハスの花の開きかけ」「葉の胎盤状」を女性が胎児を生み

出す状態に似ていることから、原始的増殖の祭り、子孫繁栄、五穀豊穣と祭られたようです。

 

 

私は「地域の自然植生樹を庭に取り込んで」そんな庭作りを始めたのが昭和50年ごろでした。

 当事裏山のドングリの木を庭に植えるなぞ、そんな庭を作らせてくれるお客さんはほとんどおりませんでした。

コナラ・ヤマモミジ・ヤマボウシ・ヤマザクラ・コバノトネリコ・・・・

それらは裏山の薪であって、庭に植える物ではないとほ

とんどの人が思っていたのです。ところが、10年もすると、誰しも雑木を植えるようになりました。

日本全国どこへ行っても雑木の庭になりました。でもおかしいですよネ!

 上田は年間降水量900mmと日本一雨の少ない地域です。冬期はバリバリに乾燥した凍結で

植物の樹皮が痛みます。夏になれば一ヶ月の上も雨の降らない日が続き、山の木々が真っ赤に焼けだだれ、

それでも生き続けられる植物が自然淘汰される訳です。

ですから当然上田にしかない植生と言うものが生まれてくるはずです。

例えば山の尾根と沢での植生の違い。北斜面と南斜面での違い、東斜面と西斜面との違い。

こんな単純な違いが、微妙に植物の生育条件を左右いています。

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