知人の建築家に尋ねて見ました。「上田小県の建物の特徴ってありますか?」 「?!?」
「蚕室の気抜けが〜そうなのかね〜」 どうやら地域の建物の特徴が消えうせてきたようです。
農民美術の先駆者「山本鼎」さんは「尋常茶飯録=建築」において「小県辺の建物はすこぶる画的だ、
廂が深くて窓が高く、かつ無造作に開いている」と記している。
廂が深い、どうやらそこに一つの特徴があったようです。
そういえば30年ほど前には、そんなイメージの民家がたくさんあったように記憶します。
そんな思いのするお宅を尋ねてみました。
清水宅
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塚原宅
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大きな玄関戸、広い玄関のたたき(三和土)はお勝手まで続き、吐き出しの広縁の突き当りには
雪隠があり、、、と昔の姿を思いながら尋ねてみました。
清水宅は大きな改造がほとんどされないまま残っています。
大きな玄関戸、広い玄関の叩きはお勝手まで続き、
吐き出しの広縁には格子の雨戸が並んでおり突き当りには客間が突き出ており奥に雪隠がありました。
広縁にはガラス戸が入っていますが。面影がそのまま残っております。
伊勢山に残る民家はほとんど広縁にガラス戸が入り、玄関の土間のたたきが改修さております。
先日長島の先輩に「江戸時代の民家が残っている」と聞き、早速たずねてみました。感動です。
かつての民家がそのまま残っています。後で知ったのですがこの土屋伊旦住宅の門が江戸後期のもので、
母屋は明治の建物らしいです。しかし廂の深さ、掃き出しの広縁、軒下の構造がそのまま残っております。
藁屋根といい勾配といい、縁の下、たたき、といい、実になつかしい思いの建物です。
どうやらかつての時代に庄屋さんをしていたようです。
旧上州街道、神科地域の一大勢力地であったようです。右の写真の白壁の家、これからそちらを覗いてみましょう。
長屋門をくぐると、なつかしい障子の一枚戸があります。
まるで江戸時代にタイムスリップしたような錯覚にとらわれます。しっかりした。
広縁、真ん中には一元の客人の出入り口があります。なかなかのつくりのいいお宅です
時代はちょっと新しく大正時代のようです。瓦屋根の勾配といい気抜きといい、土蔵といい、
今でも午後5時には閉門されるという、長屋門です。同じく土屋晟住宅です。
地域の中で忘れさられていくもの、たくさんあります。心の中にとどめておくだけでなく。
後世に残して上げられるチャンスは、私たち住民にあるのでしょう。
西洋の建物の特徴は屋根の出が少ないことにある、と言われます。
それに比べ日本は雨が多いから屋根の出が長いと言われます。
しかし上田、小県は日本の代表的寡雨(かう)地帯地帯で年間降水量9000ミリと少ない雨の地域なのに
なぜ廂の深さがこの地の建物の特徴になったのでしょう。
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