2001年11月12日UP

2001.11.3 「白米伝説の実証は!、、」

「水に見えたかな〜?」

お馬さんが白米掛けられ興奮して大変なさわぎです! 馬方さんが二人掛かりで、

やっとこ、お馬さんを宥め! それはそれは大変な騒ぎでした!

(白米を馬にかける)

(勝どきの声を上げる村上軍)

 

登山の主要ポイント資料より

 

1.戸石米山城の鞍部(鐘掛けの松の見える場所)

鐘かけの松の位置の説明。 武田信玄が進退の合図の鐘を掛けたと言われ(富士見台の北端)。

あの付近に武田側の本陣を構えたのだろうと思われます。

そしてここ戸石米山城の鞍部は「馬場」と呼ばれるところです、ここに村上軍の騎馬隊が並んだのかもしれません。

(馬形の松があります)そこにまたがり。「ものども、続け!」

ここから一気に攻め下ろし。武田信玄不覚の敗北「戸石崩れ」といわれます。天文19年(1550年)

(敵は前方東上野にあり〜 ものどもつづけ〜!  指揮をとる村上軍)

 

 

2.戸石城(砥石城)(H:788.1m)

この山は約2500万年前、この地が海だったころ、深い海の底に堆積した岩から出来ております。

包丁や鎌などを研ぐ砥石としても使われたようです。

そんなところから「砥石の城」と書かれたり、戸板の様に険しい山という意味から、

「戸石の城」と書かれたりしたといういわれがあります。

(伊勢山に保存されている砥石)

 

 

3. 大手口より登りあがったところ

この木製の看板を設置した付近から、直径10cmぐらいの小皿が出土したことがあります。

教育委員会の鑑定によると、中世の土器そのものであったようです。

長野県内では中世の遺跡の発掘は大変遅れているようで、この戸石城址はほとんど調査がされていないようです。

( 出土した中世の平皿の土器)

 

 

4. 本城 

平らな棚状のものを「くるわ」といいます。(郭)(曲輪)

立派なくるわが大変発達しております。

あそこに石垣跡と書かれた看板がありますが、実はあの石はこの辺に点在しているものを

伊勢山の農民により集められ、石垣にされたようです。もしかすると、

この変に小屋が幾つもあったのかも知れません。

 

 池波正太郎の「真田太平記」によると、真田昌幸は地炉の間を飛び出し「馬を引け」 

上田に本城を構えるのだ! 天正11年(1583年)

 

 

5. 枡形城(H:825.9m)

一番奥の砦です。村上氏は金剛寺峠より、この砦から入ったようです。

真田氏は大手口より登り東虎口門より入場したようです。

村上・真田両氏の使い方により砦の名称が違うようです!

皆さんが城主なら、どこを「将棋場」にするのでしょう。

(景観説明をする牧谷孝則先生)

 

 

6.金剛寺峠

善光寺への裏街道で、村上義清の愛用した山道です。村上氏はこの峠より尾根伝いに戸石城に入場したようです。

また佐久間象山はこの峠を越え金剛寺を通り岩門まで勉学に通った道でした。(大日堂の学僧活文禅師)

 

7.米山城(こめやま)(H:734.6m)

かつては海野氏の家臣小宮山氏による「小宮山城」と呼ばれた時代があったようです。

「焼き米伝説」や「白米伝説」で有名な山城です。

純粋な子供達の目で探せば、きっと「焼き米」は見つかるでしょう。

今日のお祭りでは、馬に白米をかけて、水に見えるか検証します!

 

 

8. 伊勢崎の砦(H:672.9m)(富士見台の東南端)

伊勢の山手に対し伊勢の先手として、「伊勢先」と呼ばれたようです。

戸石城址の最前線の砦が伊勢崎の砦です。第一次、第二次上田合戦のときの重要な砦でした。

第一次上田合戦のときは、真田信之はここから徳川軍の側腹を攻めたと云われます。

第二次上田合戦のときは、真田幸村はここに潜み、徳川軍の兄信之が攻め込んでくると、戦わず、あっ

さりと戸石城を明け渡し、上田城へ戻ったそうです。

豊殿より望む伊勢崎の砦。「おかいこ山」「虚空蔵山」とも呼ばれます。

 

 

9. 鐘かけの松(富士見台の北端)

 武田信玄が戸石城攻めのとき、進退の鐘を掛けたと伝えられ赤松があります。現在の松は三代目です。

戸石城址周辺を紹介しています。

http://www.avis.ne.jp/~torebi/topkukan.html

 

 

山頂での景観講座レポート 《レポーター : Jチャンネル》

牧谷先生のお話のなかで、印象に残っていることですが。

ちょうど真田町方面を見ながらの説明でしたので

真田屋敷跡のあたりから上は原風景が残っている。

原風景とは自然のままか、あるいは人間の手が入ったとしても

せいぜい蓄力(馬、牛)によるもので、反対に機械を使ったものは

もう原風景とは言えない。

たしかに、屋敷跡あたりから下は耕地整備された水田のあぜ道が

直線で景観が分断されて見えました。

生産性や効率のみを考えていていいのかどうか疑問です。

 

それから、集落の白壁の色が大変気になるとおっしゃっていました

もう少し、茶系統の色になれば落ち着いて見える。

景観は皆の物だという認識が大事だとの事です。

戸石米山城祭りのご案内

2001年11月3日は戸石米山城祭りの日今年の最大の目玉は「白米伝説」の実証!

生き馬を白米で洗う! 水に見えるか?

 

   「知恵の団子」300人の子供たちにプレゼント!「産みたて鶏の卵」無料で進呈!

蜜のいっぱい入ったりんご直売フリーマーケットあります。

  「御守」勝守福米 5袋入り500円 名物「福米」酒・菓子・おにぎり

「戸石崩れの名城」登山受付8:00

特製「登山証明書」進呈 

 

ふるさと農道「戸石米山街道」は通行止めとなります(7:00〜16:00)

 小雨決行 雨天の場合は神科小学校体育館にて実施します。

 

           7:00 花火打ち上げ(お祭りの実施宣言)

           8:00 登山者受付開始

           9:00「のろし」を合図に 上田原合戦太鼓・チビッコ忍者「九字奉納」

          10:00 村上・武田・真田の武者出陣

          11:00 「白米伝説」の再現

          12:00 「のろし」を合図に 上田原合戦太鼓・チビッコ忍者「九字奉納」

          13:00 「白米伝説」の再現

          14:00 お祭り広場終了

お祭り会場の地図

 

戸石の城の紹介のHP

http://www.avis.ne.jp/~torebi/toishi.html

 

昨年のお祭り状況

http://www.avis.ne.jp/~torebi/new30.html

 

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