2月23日up
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京都祇園へ行って参りました。 今や大都会京都市の一体どこに祇園が存在しているのだろうか? そんな思いを抱えながら、左京区松ヶ崎の宿、アピカルイン京都 から叡山鉄道鞍馬線に乗り、まるで路面電車のような車窓を眺め、 阪急地下鉄に乗り換えました。 ![]() まあ、四条に降りれば間違いないかな?ぐらいの気持ちで下車。 地上は丁度鴨川縁。ゆったりとした、千曲川とは似てもにつかない静かな流れ。 ![]() 朝釣りの人々が4〜5人居る。風景として違和感があるとしたら、 緩やかな流れプラスカモメが居ること。 川縁の窓から餌をまいているのか、そこへたくさんのカモメや鳩、 カラスが集まって数え切れないほどの羽ばたきがちらちらしている。 朝釣りのおじさんがたに、祇園の場所を教えて貰う。 鴨川に平行した四条大通りを行けば、その内側にあると言うことだった。 烏丸通りへ向かって少し行くと、歴史的保存通りとして「花見小路」というのがあった。 そこが限られた京都の街の一角に保存されている、祇園なのだった。 通りを突き進むと、清水寺へと繋がっている。 途中横道にはいると、幅1.5メートルにも満たない通りのクランクした門にお茶屋さんが数件ある。 京都の間口は非常に狭く、2枚の扉と少しの板塀が全てだ。 その間口に置屋がおいている舞子の名前札がいくつか下がっている。 照枝、照小満、佳つ乃・・・佳つ乃、佳つ乃・・・そう言えば、昔芸能人との噂があったのは、この名前だった。 ここが! クランクを抜けると、そこに、警備と交通誘導の人がいた。 色んなお話を伺った。すぐそこに舞妓さんを教育する、 女紅場学院(にょこうば)がある、とか、今、舞妓さんの数は16人が全てで、 皆、地元ではなく周辺や、もっと遠くから来ているなど。 和風の喫茶店に入り、ワラビ餅などを食していると、 自分自身がタイムスリップして、古き良き京女にでも なったつもりになる。 そこへ突然のメール着信音。「終わったよ、今どこ?」 「祇園でワラビ餅を 食べてるよ。今夜一緒にこようね」「お好み焼きがいい」 などと通信する。 娘からだ。 古き良き祇園の京女から、 一挙にハイテク社会へ引きずり返されたようだ。
烏丸大通りを挟んで京都駅から山に向かって左側にも、祇園が少しある。 こちらの方がスナックや商店に埋もれている感じだ。 そこを抜けると知恩院がでーんとある。本堂から有名なお庭への ![]() ![]() 渡り廊下はウグイス貼り。 清水を飲んでみると、これが美味い! 早速お茶の入ったペットボトルに入れ替える。家に帰ったら、これでお茶を入れて飲んでみたい。その一念だ。
知恩院から円山公園へはすぐだ。 お腹がすいてきたので、脇にあるうどん屋へはいる。主が一人でやっているらしい。 私の他には2人おばちゃん客が居るだけ。 窓から竹藪が覗け、日も射してきていい雰囲気だ。 静かな中に、京女の京都弁がはじけている。 「そんなら、いけませんなあ。今度一緒に行ってみましょか?」このアクセントだけは書けない悔しさ。 天麩羅うどんに舌鼓を打ち、いざ、清水へ。
所がここからがいけない。秀吉の正妻、ねねの墓所、高台寺がある 通称「ねねの道」を歩いて行くと、そこには、ねねの隠居所となった 北の政所お化粧所という建物がある。 ![]() ![]() そこで造園会社のお人であり、絵描きでもある50歳半ばのお方に捕まってしまった。 法被を着て何とはなしに突っ立っているので、ちょっと質問したら、 40分ぐらい話し込んでしまった。 その博識なこと、庭師というのは、地元の歴史に通じる何かを秘めている物なのか? ふと、知り合いの庭師のことがよぎる。 ![]() 祇園は、ねねを慕って集まった文化人が、その死後、食っていくために始めた商売が発展したものだという。 ねねは秀吉の正妻でありながら、中立の立場を崩さなかったが為に、徳川からも疎まれず、その生涯を全うできたのだ、と。 ねねの化粧所の隣には、その弟が住み、その土地に、2つの小さなお堂がある。 1つは、普通のお参りするお堂。もう一つは、当時の歌人が集まり、歌仙堂を作り、その天井には詠まれた歌が見える。 京都にはその他、「詩仙堂」「画仙堂」があり、「画仙堂」だけは個人所有の土地にあり、見ることが出来ないとか。
秀吉の側室淀君との対比も、ねねの人柄を描く上では、面白い。 話を聞きながら、NHKの大河ドラマに出てくるねね役の酒井法子の顔や、 その前の前の「徳川三代」の淀君、小川真由美の顔がちらちらする。 博識の庭師の話に聞き惚れながらも、地元にいればこの程度の知識は当たり前なのだろうか?などとも思う。 辺りが嘘寒くなってきて、ついに時計を見る。 しまった、清水さんに行く時間が無くなった。 礼を尽くして説明すると、庭師さんの恐縮するまいか。
さてその夜、再び祇園へ。 夜になると、舞妓さんが見られると、警備の人に教えられたので、期待したのだが、 残念ながら、この日は豆まき。舞妓さんは、普段とは違い、色んな人に扮装して、各茶屋や、割烹を回るのだとか。 諦めてお好み焼き屋を探す。 ![]() 御茶屋さんから出てきたおばちゃんに聞くと、きれいな祇園言葉で教えてくれた。 多分女将だろう。「そうどすなあ、こちらのお店は今日は休みどっしゃろ? もう少し先に・・・」教えられたとおりに歩いて行くと、なにやら黒っぽい着物を着た日本髪の 人が、お付きのお姉ちゃんを従えて歩いてくる。舞子さんとは違った地味な着物だ。 夢中でシャッターを切る。にこりともしないですれ違った。芸妓さんだ。 いきなりのシャッターでは、嫌な気分にもなるだろう。ちょっと頭を下げて、お詫びする。 インスタントカメラなので、光が届かず、真っ黒い中、芸妓さんの白い顔だけが妙に鮮やかに写っていた。
お好み焼き屋は、狭いカウンターに10人も座ればいっぱいのお店。 ![]() 注文してからが長い。他の客は、皆ビールを飲みながらだから、時間が持つ。 こちらは娘と2人で、店員の手さばきに見惚れていた。 長い鉄板一枚有れば、ほとんどの注文を捌くことが出来る。 これはすごい! つい、シャッターを押してしまった。 店員が嬉しそうにこちらを見た。祇園だけではない、 こういった情緒にも目を向けてくれる観光客もいることが嬉しいのだろう。 残念ながら、お好み焼き以外の物は、どんな物が出てくるのか想像が付かず、他の客 が食べている物を横目で見ながら、一枚を食べるのがやっとだった。
こうして、京都二泊の旅は終わり、帰宅。 翌日のテレビ番組に「京都祇園冬物語り」があり、見てみると、 例の佳つ乃の札が下がっていたお茶屋さんが舞台となっていた。 「見た見た、ここ、ここ!」と、訳の分からないことを叫んで、夢中で見てしまった。 しかし、テレビでは、佳つ乃の札は下がってなかったし、私が見たのは昼間で、 夜行ったときは、やはりなかった。 本人の希望なのかな? ![]() このお茶屋さんで修行した女の子が舞子としてデビューするまでを骨子にしていたが、そう言えば、 その名前「照小満(古満?旧字で書いてあって読めない)」の札もあったよなあ、と思いながら・・・ そして、あの、黒っぽい着物の芸妓さんが登場。 ![]() 置屋から独立した数少ない芸妓さん。 その人の支度係の舞子修行の女の子を取り上げていた。 あの写真を撮ったとき一緒にいたお下げの女の子が、この子だったんだ、と感慨深く。 この子がデビューするのは何時なのだろう。 そのころもう一度祇園に行ってみてみたいな、等と、非日常の延長線が何時までも続くような、 そんな夢のような旅だったことに喜びを感じていた。
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