2月5日up

蚕種「小石丸の生まれし家」  2001年2月5日

蚕都上田は養蚕にかかわる物がたくさん残されています

その中に蚕の原種の一つとされる「小石丸」がありその「小石丸の生まれし家」(寛政年間)があります。

 

 

小田中さん

 

 

小石丸の生まれし家

 

 今良く知れられている品種に、原種として小石丸、

青白、赤熟、紫蚕などがあります。

養蚕農家では、原種を4元交配するなどした

交雑種を使うことで

強健で大きなカイコを飼育できるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皇居内では、皇后陛下のお育ての

「小石丸」の生糸は正倉院所蔵の絹織物の復元のためにご活用されているそうです。

かつて庄屋さんであったこの家は、明治2年の「世直し大一揆」のときの刀や斧の傷跡が床柱に残っております。

そのお部屋は現在種々美術品など生活用雑貨が展示されています。

刀や斧の傷跡

刀や斧の傷跡

そしてこの家は明治28年「神科郵便局開設の家」であり、代代の看板も保存されています。

 

 

明治2年の「世直し大一揆」

 8月16日青き村奈良本から勃発した一揆は、上田城下に乱入、藩当局に強訴すると同時に町方の

富商に打ち毀しをかけた。さらに豪商宅に焼討ちをかけたが、その火が折からの風にあおられもえ拡がり

遂に214戸の町屋を焼失するという大惨事をもたらした。

さらに数千人の一揆勢は、18日から19日にかけて村方を荒らしまわり、割番・庄屋・

商宅を49ヶ村にわたって269戸を打ち毀した。まさに世直し大一揆であったのです。

 

 信濃の百姓一揆発生件数は151件で全国第一位である。その中で藩別に見ると上田藩が大一位で8件あります

その内5件が浦野組内(現在の青木村)から起きている。

「今でも夕立と騒動は青木村から来る」上田藩農民騒動史 横山十四男著 1968年 上田小県資料刊行会 より

 

以上の記録が残っている中います。

小田中住宅を一揆の打ち毀しから守った、伊勢山の住民をたたえたいと思うのです。

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